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 バスから降りると新宿はだいぶ風が強かった。そういえば天気予報で東京に台風が上陸するとみたような気がする。あたしの町は東京からだいぶ遠いため、まったく気にしていなかった。昨日までは、そもそも東京に来る予定もなかった。スマホで時間を確認しようとしたが、夜行バスのなかで電源を落としたことを思い出す。朝起きて、あたしがいないことに気づいた弟から大量のメールとか電話が届いてるだろうし、スマホの電源は入れないことにする。待合室に上がると、デジタルの壁掛け時計はちょうど六時を示していた。チケットを売ってくれる子と約束した時間は七時だったので、しばらく待たされる形となる。がら空きのベンチに座ってぼんやりしていると、セイコのジャケットを羽織った女子がきょろきょろあたりを見渡しながら歩いてるのを見つけた。セイコのトレードマークであるピンク色のインナーカラーを見ても、彼女はセイコのファンなのだと分かる。

「あの、すいません。オークションで、あたしにセイコのライブのチケットを売ってくれた方ですよね?」

 あたしが話しかけると、彼女はひどく恐縮して大きく頭をさげた。高い位置で結ばれたツインテールがぴょこんと跳ねる。

「え、え、ごめんなさい。そうです。あのほんとにこのたびは、ごめんなさい」

 彼女が「ごめんなさい」を繰り返す姿に、ちょっと苦笑した。なんというか、最近のセイコのファンっぽいな。昨日、セイコのSNSを辿っていても思ったのだけれど、ファンたちの反応がちょうどこんなかんじだった。メンタルがちょっと頼りないかんじ。やっぱりセイコはいまも、ふつうの女の子を救う存在であり続けているのだろう。あたしが望んでいた姿とは、だいぶ違うけれど。まあそんなことを考えてしまうあたしはいわゆる「老害」だ。目のまえの彼女の接し方をみていても、あたしはもう若いファンとこんなに距離のある「おばさん」なのだと分かる。優花ちゃんとは仲良くなれたけれど、あの子はわりと昔の曲のほうが好きで、新譜をいっしょに聴きながら悪口を言い合うこともよくあった。

「あの、本当に、助かります。バイトが急に入って、行けなくなっちゃって。急だし、チケット買ってくれるひといないと思ってたんだけど、こんなに高額で買ってもらって」

 あたしが約束のお金を封筒にいれて差し出すと、彼女は初めて笑顔をみせた。バイト? 台風が来るのに? ほんとうに? お金がほしかっただけじゃないの? ねえ、あなたはほんとうにセイコのファンなの? セイコのなにが分かるの? セイコを好きなの? セイコのためになにができるの?

「ねえ、あなたは、セイコのこと、好き?」

 別れぎわ、あたしは彼女にそのことを尋ねてみた。彼女から返ってきた返事を聞いて、あたしはわずかにまだ迷いのあった計画の決行をきめた。

「神さまです」

 あたしはあなたの神さまを、壊しちゃうね。

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