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 あたしは高円寺に向かい、駅を降りると改札を飛び出し、アパートまで走った。なんどか人にぶつかり、いきどころのないサブカルたちが怪訝そうにあたしを振り返る。サブカルを置き去りにして全力で走った。そのいきおいで、カンカン音を立てながら鉄の階段を一気に駆け上がる。二階の端にある部屋の扉を開け、なかに転がり込んだ。スーツを脱ぎ捨て、ブラを外し、裸になって、畳のうえに寝転がった。そうすると、ずいぶん気持ちがいい。汗ばんだ肌が呼吸するたび上気する。この部屋に来て五年、就職してからも五年。あたしは何になりたかったのだろう。いま分かった。あたしは、何かにはなりたくなかったんだ。あたしはいつも逃げてきた。地元から逃げて、高円寺から逃げて、そんなあたしをいつも新宿という町はやさしく受け止めてくれた。新宿にいけばなんにでもなれる。それって、なににもなれないことと同じじゃない。中央線にのればどこへでもいける。それって、どこにもいけないことと同じじゃない。少なくともあたしは新宿で、なににもなれなかったし、どこへもいけなかった。素人AV女優と、一流企業のキャリアウーマンと、新宿の下底と上底を体験したあたしは、それを足して高さをかけて2で割れば面積が出るとでもいうように、新宿のすべてを分かりそうになっていた。

 そんな話をセイコにしてみたい。あたしは下着を着用しないまま衣装ケースから手ごろなホットパンツとTシャツだけを取り出し、着てすぐに部屋を飛び出そうとしたけれど、ふと思い出し、押し入れの奥からボストンバッグを引っ張り出した。あたしが地元を発ったとき、持っていたたったひとつのボストンバッグ。あのころのように、あたしは必要なものだけを手当たり次第にボストンバッグに詰めた。あのころよりモノはずっと増えていたけれど、必要なものはずいぶん減ったように感じられた。たとえば、新宿でもらったあのポケットティッシュなんかいらない。コンドームがあればいい。この薄い膜が性病からも妊娠からもあたしを守ってくれる。性病と妊娠より恐れるものなんて、あたしにはない。携帯電話をトイレの水のなかに沈めた。もうこの部屋には戻らないと決めた。蛍光灯からぶらさがってる紐に鍵を吊し、それなりに充実した、しかし間違いなく退屈だった五年間にさよならをした。

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