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「は? ふざけんなよてめえ!」

 聞いたことのないぐらいドスの利いた声だった。あたしはびっくりして隣に目を向けた。あたしと同じぐらいの年の女の子で、髪は長く、ピンク色のメッシュが入っていた。高円寺に派手な髪の色の子は多いけれど、みんなあまりお金がないので、わりと髪が傷んでたり色が落ちはじめてたりする。でもその女の子の髪はすごくきれいに染まっていたので、水商売の子なのかな、とはじめは思った。服もピンクを基調とした派手なもので、パンツが見えそうなほど短いスカートからあらわれた足は病的に細かった。ただ、女の子の向かいの席にギターケースが置かれてることに気づいたので、ミュージシャンなんだって分かった。あたしはしばらくその女子を注視してしまった。怒声におどろいたこともあるけれど、それだけじゃなく、あたしはその子におどろいていたし、たぶん興味を惹かれてもいた。見た目だけとれば高円寺にいがちな典型的サブカル女子に見えた。なんかちがう、と思ったのは、彼女の声だった。こんなに艶っぽい声を出す女子が同い年にいるのかとおどろいた。あたしは自分が行為をする動画をくりかえし観て、どうやったらいい声が出せるのか検証したことがあった。その女子の声はまさしくあのときの声で、あたしが理想としたどんな声よりもあのときの声に近かった。

「誰に口きいとんじゃぼけえ!」

 彼女はそう叫ぶと思い切り机を蹴り飛ばした。ブーツの底が金属製の柱を叩く音がカァンとなる。あたしはあわてて視線をそらした。そらしたけれど、あたしはしばらくその女子の声に耳をそばたてた。怒っていないときの声も聞いてみたい、そう思った。

 話を聴くかぎり、その女子のライブに彼氏と思われるひとを誘っていたが、急用かなにかで来れなくなったようだ。その彼氏がすごく大切な存在なのかもしれないし、単にノルマがきついのかもしれない。高円寺で暮らすミュージシャンたちは総じてバイトしてもいるけれど、いちばんの収入はライブだし、そうあるべきだとふとした折りにアマチュアギタリストから聞いたことがある。

 彼女はマシンガンみたいに口汚い愚痴を並べたあと、

「もうええわ!」

 と漫才のオチみたいな口上で二つ折り式の携帯電話を閉じるとテーブルにたたき付けた。ほぼ標準語だったが、ときおり西日本っぽい方言や訛りが混じる。年齢から察すれば、あたしと同じ時期に田舎から出てきた子なのかもしれない。

 彼女は勢いよく立ち上がると、カツカツと怒りをまぎらわすような足音を立てて店の奥のトイレに消えた。あたしはちょっと迷ったのち、机のうえに置かれたままの彼女の携帯電話をこっそり盗み取った。女子高生みたいにじゃらじゃらのストラップはついておらず、ひとつだけあったストラップは「モーニング娘。」のものだった。彼女の風貌からすればどちらかというとロックミュージシャンに見えたので、アイドルに興味があるのは意外だった。

 しばらくして彼女がトイレから現われた。化粧が整っていて、いかにもライブ前の完全武装というかんじだった。彼女は椅子のうえに置かれたギターケースだけ背負い、足早に店のそとへ出て行った。一呼吸置いて、あたしは彼女のあとを追いかけた。

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