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 東京に来て一年が過ぎ、あたしは十九歳になった。あいかわらずバイトは続けていて、お金に困りはしないけど貯蓄もたまらない生活を細々と続けていた。ピルは飲んでいたけれど、お金がないときは危険日にバイトすることもふつうにあったので、生理が来るたびに安心した。生理が来るたびに息継ぎするような、そんな生活もだんだん苦しくなってきて、なにかそろそろ定職を見つけようと思い立った矢先だった。あたしは高円寺にいた。

 吉祥寺や高円寺のあたりというのは東京屈指のサブカルタウンなんだと思う。あたしはやっぱり新宿が好きだったし、いっぽうで田舎育ちだから都会特有のサブカルには肌が合わないこともあり、そのへんに行ったことはなく、行こうとも思わなかった。定職に就くうえでひとつ課題になったのは「家がない」ことだった。あたしはネットカフェでの暮らしに慣れていたし、べつに不自由はなかったけれど、仕事もふくめて東京にちゃんと根を下ろしたかったので、安い物件を探すことにした。ほんとうは新宿に住みたかったのだけれど、めちゃくちゃ狭い部屋でもとんでもなく家賃が高くて驚いた。新宿じゃなくても、あたしみたいなのがいわゆる山手線の内側に住むのは無理だとすぐに気づいた。せめて新宿にアクセスしやすい中央線沿いで家賃の安い物件を探した結果、高円寺に行き着いたわけだ。

 高円寺のへんは安いアパートが多く、保証人がいらない物件もふつうにあふれていた。だからか、お金のないバンドマンとかアーティストに人気のあるエリアらしい。あたしはそういうサブカルにまったく興味も素養もないけれど、おなじように田舎から出てきた人たちなんだな、と思うと親近感があった。高円寺を歩いていると独特なファッションセンスのひとたちとすれ違う。ふとしたきっかけで話すこともあったし、お茶をすることもあった。新宿でよくあるナンパと違い、彼や彼女たちはへんに真面目で、親しみやすかった。あたしは高円寺を好きになれるかもしれない。不動産屋さん巡りをしながらそう思った。それでも、仕事は新宿で探すつもりだったけれど。履歴書をてきとうに誤魔化した結果、ちょうど大手企業のテレオペの仕事が取れそうで、あとは給料から逆算してちょうどいい物件を探すだけだ。喫茶室ルノアールでカフェオレを飲みながら一息ついていると、となりの席から怒声が聞こえてきた。

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