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十八歳の女子にとって、東京はわりとイージーな町だと知った。ネットカフェで寝るのはぜんぜんしんどくないし、コンビニの粗悪なごはんを食べても太ることはなく、すこぶる健康だ。化粧を覚えると、男性に声をかけられることが増えて、ついでにごはんを食べさせてもらえることもあったし、お酒を奢ってもらえることもあったし、もう少しお付き合いすれば、お金だってもらえた。あたしが処女を捨てた、大久保の雑居ビルでのバイトも続けていた。あいかわらず一万円しかもらえないので、ナンパと比べれば割はよくないのだが、安定した収入をもらえるという意味では助かった。お金がなくなるたびにそのビルを訪れ、ほんの数時間だけ働いて、一万円をもらって帰る。バイト感覚だ。いや、あたしとしてはマグロみたいにぼーっと寝てるだけでお金がもらえるので、バイトよりずっと楽だったかもしれない。なお、気持ちよかったことは一度もない。
家族のうち、弟とだけはSkypeでつながっていて、たまに近況報告することがあった。その日もネットカフェで「ドラゴンボール」を読んでると、パソコンのポップアップが現われ、弟からのメッセージが表示された。
〈姉ちゃん、まずいよ〉
と。あたしは片手でページをめくりながら、もう片手のひとさしゆびだけで、
〈どうした〉
と簡単に返した。入力中を示すメッセージが消えたり現われたりを繰り返したあと、ぽん、とURLが貼られた。
いったいなんなんだ。あたしはちょっとイラッとして、放置したまま一度ドリンクを取りに行って、ついでにトイレに入り用を足したあと、ふたたびブースに戻った。それ以降、弟はなにも言わなかったので、あたしが彼の送ったメッセージを思い出したのは一時間ぐらい経ったあとだった。何度目かのナメック星編を読み終えたあと、「やっぱりドラゴンボールのラスボスはフリーザだよね」とひとりうなずいて、背伸びをし、コミックを戻しにいった。おなかがすいたので財布を確認すると、千円札一枚と小銭しか残っていなかった。そろそろバイトしなくちゃなあ。パソコンのスリープを解除し、時間を確認しようとする。そのときようやく弟のメッセージを思い出した。弟はもうログアウトしている。軽い気持ちでURLをクリックすると、動画サイトが現われた。大量に貼られた広告の画像を見て、そこはアダルトサイトなのだとすぐに分かった。動画のサムネイルに目をやるとあたしはぎょっとし、あわてて画面をのぞき込んだ。
「……これ、あたしじゃん」
どうみてもあたしだった。ヘッドフォンをし、動画の再生をしても確信は濃くなるばかりだった。バイト中、ビデオが回っていることはもちろん気づいていた。DVDかなにかで販売される可能性についても分かってた。でも、せいぜい裏モノで出回るぐらいで、こんなふうにネット上で誰にでも観れるような形で公開されるなんて思ってもみなかった。動画にはモザイクはなく、あたしの顔は丸わかりで、画質も無駄によくて、もし知り合いがみてもあたしだってすぐに気づくだろう。そんなことより、けっこうあたしは声を出して腰を振ってるんだな、とか、局部はこんなきれいな色をしてたんだな、とか、どうでもいいことが気になって、何度か動画を再生した。動画のタグに「creampie」というものがあって、検索したところ、どうやら「中出し」を意味するらしい。たしかに動画では最後に白濁液のあふれる局部があらわれていた。あたしはてっきりゴムを着けてくれているものだと思っていたので、それはちょっとショックで、ちゃんとピルを飲まなきゃなあ、と思うと、気軽で仕方なかったバイトがちょっとだけ面倒になった。とにかくその日はバイトに行って、また一万円もらって、しばらく経って婦人科に行き、ピルをもらった。Skypeから弟は削除した。これであたしが家族とつながってるのは、国民健康保険の保険証だけだ。
あたしが行為をしている動画は、それ以降も次々にアップされた。面倒だし、嫌でもなかったから、バイト先に文句は言わなかった。それに、その動画を観ていると気分が落ち着いた。あたしはあたらしい動画がアップされるのを楽しみにし、何度も繰り返し再生して自分のプレイを検証し、自己顕示欲を満足させた。ほかの動画と比べて再生回数が増えないのが不満だった。ときどきあたしの動画にコメントがつくことはあって、たいていは英語だった。いちばんよくあるコメントは「Who is she?」だった。あたしは、いったい誰なんだろう?
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