第11話

101 柳紅美の結婚

 一人で暮らし始めた星羅は、いっそう仕事に精を出す。各地の飢饉の被害状況を把握し、物資を届けたり、暴動を抑えたりまた各諸国への外交も行った。

 華夏国内の美術品の多くが外国へと流れていったが、おかげで国民の被害が少なくて済んでいる。王族の衣装も今年は新調されることがなかった。


 王の側室である申陽菜が死去する。流感にかかりあっという間に亡くなってしまった。飢饉の前から食事制限をし、美貌を保とうと必死だった彼女は、抵抗力も体力も失っていた。葬儀は素早く地味に行われる。

 医局長の陸慶明は、申陽菜の死にほっとしている。杏華公主のもとへ孫の徳樹が養子に入ったことを、知られる前に死んだからだ。もし邪魔をしようとするならば、また直接手を下すつもりでいた。しかし、息子の明樹が、自分の作った薬品によって死亡したので、申陽菜を薬殺する気力が失われていた。

 多くの開発した薬品で生きる者もいれば、死ぬ者もいた。王太后、蘭加を薬殺した天罰が、息子の死なのだろうと慶明は結論付けている。


 暗い時勢の中、明るい話もある。柳紅美と許仲典が結婚したのだ。仲の悪かった二人だが、地方の暴動のいざこざを平定に行ったとき、民に襲われた柳紅美を許仲典がかばった。深手を負った許仲典を柳紅美が看病したらしい。許仲典の面倒を見ている間に、彼の優しさや忠義心に触れいつの間にか柳紅美は恋をしていた。彼女の愛の告白を許仲典は当然拒む。柳紅美はあきらめなかった。もともと天邪鬼なのか、自分を厭うものに執着してしまうたちのようだ。二人の結婚は柳紅美に押し負けた形らしい。

 派手な式は上げられなかったが柳紅美はとても幸せそうだ。とげのある物言いは相変わらずだが、星羅に敵意を向けることがなくなった。  


「蒼にいさまも早く結婚したらどう?」

「国が落ち着いたらな」

「ふーん。早くしないと財務省の袁殿にもってかれるわよ?」

「袁殿? 幸平か?」

「知らないの? あたしたちの結婚式で星羅さんを見初めたらしいわよ」

「そうか」

「そうかって」

「星羅が良いと思うなら良いのではないか」

「はあ……」


 もう郭蒼樹は、星羅に興味がないのだろうかと、柳紅美はそれ以上突っ込まずに下がる。紅美は許仲典と結婚してからというもの、満たされているのかやけにお節介になっている。


 厩舎にいくと、馬たちに優しく話しかけている許仲典が待っていた。彼はもう厩舎の馬の世話係ではない。暴動の鎮圧などで活躍し、下位ではあるが将軍職に就いている。元々、高祖の代から仕えてきた名門、許家は多くの将軍を輩出してきたので当然でもある。慎み深い許家は安穏な時代になるにつれ、表舞台から退いていただけだった。


「あーなーた!」


 こっそりと紅美は許仲典に近づきとびかかる。


「こりゃあ!」

「きゃあっ」


 後ろから飛び乗った紅美を、許仲典はぶん投げる寸前で空中から引き戻し抱き上げた。


「脅かすでねえ!」

「だってぇー」


 その様子をちょうど通りがかった星羅がほほえましく見ていた。


「あ、星羅さんに、みられたぞ」


 新婚の二人は、夫を亡くした星羅に一応気を使って大人しくする。その気遣いを星羅もわかっているので明るく振舞う。


「仲いいのね。もうここには帰ってこないのね」

「ええ。残念だけどあたしはここで退場するわ」


 今日、紅美は軍師省を辞める手続きをしたのだ。以前の星羅の同期である徐忠正と同様に、紅美も軍師としての限界を感じていた。郭蒼樹が好きで、星羅をライバル視していた時ならいざ知らず、今は許仲典と結婚してその張り合う意欲も無くなった。

軍師試験に合格するくらいの能力の高い者は、その能力の高さゆえに己の限界もよくわかる。軍師省をやめた徐忠正はその高い能力を商売に発揮して、この飢饉の最中でも豊かで、個人の商家でありながら民の救済を行っている。


 紅美の能力も、夫になった許仲典に発揮されている。将軍職に就いたのは、彼自身の功績もあるが、紅美の進言や策も大きかった。彼女がいなければ、許仲典の階級はもう3つばかり下だろう。


「寂しくなるわ」

「うふふ。清々するんじゃなくて?」

「そんなこと」

「いいのいいの。あたしはこれから夫専門の軍師になるの。あたしのおかげできっと大将軍になるわよ?」


 自信満々そうな紅美に「おらはもうええ。出世するとめんどうだ」と許仲典が大きな息を吐く。


「ま! 持ってる能力を生かさないことは罪よ?」

「えー」


 紅美の考えには星羅も賛成だった。才をきちんと使う。適材適所を探す。これらに尽きると星羅も思う。二人の仲の良い様子を見ながら、星羅は明樹の言葉を思い出す。


『俺が上将軍、星妹が軍師になればどんな敵でも打ち破って、母君を救い出せるさ』


 まだ軍師になる前の、兄と慕っていたころだった。あの頃は、無邪気に仲良くじゃれているだけだった。


「星羅さんは、がんばって。女性初の大軍師になって欲しいと思ってるわ」

「ありがとう。蒼樹にはかなわないと思うけどがんばるわ」

「星羅さんならきっと立派な軍師になれるど!」


 別れを告げ、それぞれ反対方向へ向かった。


「星羅さんは大丈夫かな?」


 許仲典が心配そうにちらっと振り返った。


「大丈夫。彼女は強いから」

「おめえのほうが強そうだ」

「そんなことないわよ。あたしはか弱いんだから」

「は、はあ」

「星羅はなんていうか、もともとの志が高いからきっと乗り越えると思う。いざとなれば蒼にいだっているし」

「ふーん」

「ああ、袁幸平もちょっかい出してるし」

「あの女好きが心配だな」

「蒼にいがもうちょっと出ていけばいいんだけどなあ」

「おめえ、案外、星羅さんを心配してるんだな」

「えっ、そうでもないけど」

「前は嫌な奴だったのに、いいやつだな」

「な、なによっ」

「さ、かえろう」


 許仲典はきゅっと紅美の手を握る。紅美もそっと握り返す。二人で星を数えながら仲良く家路についた。


102 袁幸平

 軍師省から少し離れたところに星羅は小さな家を借りて住んでいる。陸明樹と住んでいた屋敷は手放し、陸家からも離れた。家の前に、豪華な輿が止まっているのが見える。輿のそばの下男が星羅に気づき、中に声を掛けた。御簾があがり中から明るい色合いの中年の男が出てきた。

 財務省の袁幸平だ。星羅よりも一回り以上年上の袁幸平は、仕事もできるが、風流であちこちで浮名を流す伊達男だ。キリっとした眉に柔らかい目じりが女人に好評で、物腰は柔らかいのに強引なところもある。女人を喜ばすことに長け、彼を嫌うことが出来る者はいないだろう。


「おかえり。これから食事を一緒にいかがかな?」


 柳紅美と許仲典の結婚式で、星羅を見初めた彼は寡婦であることを気にせず誘う。


「袁殿。待っていらしたのですか? 遅くなってしまったので、今日は……」

「ふふっ。待ち続けた男をすこしで哀れだと思ってもらえたら、付き合ってくれないかな?」


 いつも断りをいれるが、うまくかわされ食事にいくことになる。これでもう5回目だった。


「では、着替えてまいります」

「いやいや。今日はもうそのままで。その姿は凛々しくて良い」

「はあ」

「では輿にお乗りなさい」


 女人とわかっても軍師省では男装をしている。柳紅美が入ってきてから、男装をやめようかと思ったがそのままにしていた。特に今は、夫の明樹を亡くし、柳紅美も去ったので、仕事中は男装でいることにしている。


 狭い輿の中は、良い香りがして居心地がよく。袁幸平はちゃんと距離を保ち、不快感を与えることはない。むしろ仕事帰りで星羅のほうが汚れているのではないかと気を遣うほどだ。


「今日は、香千酒家に行きましょう。いろんな酒がありますよ。確か飲める口でしたね」

「ええ、少しだけ」


 飢饉のため食物が乏しくなっているが、華夏国において何十年、何百年と寝かしている酒だけは豊富にあった。国民はわずかな酒の肴と酒で心と体を温めている。

 香千酒家は、庶民の憩いの場でもある。袁幸平は少々場違いだ。最初に星羅を食事に誘ったとき、都で一番の高級食堂へ誘ったが断わられた。飢饉の際に贅沢などするべきではないし、率先して慎ましくあるべきだと主張された。袁幸平はその星羅の高潔な人柄に心惹かれる。ほかの女人を誘ったときは、ここぞとばかりにおいしいものが食べたいとねだられる。


 柳紅美と許仲典の結婚式で、彼女は郭蒼樹と一緒に座っていた。その時の星羅は、清楚で可憐な少女のようであった。まるで未亡人に見えず、興味本位で近づく。周囲に、星羅のことを尋ねると軍師だという。軍師省に何度か訪れたことがあったが、どうやら男装している星羅を女人と気づかなかったらしい。伊達男と評判の高い自分が、星羅という女人に気付けなかったことに忌々しい思いと、身近にまったくいないタイプの彼女に強い関心を抱いた。

 何度も断られ、やっとこうして親しく食事をすることが出来た。そろそろ、男女として親密になっても良いのではないかと隙をうかがっている。


 店内に入ると、まばらだが酒を楽しんでいる男たちがいた。酒はいくらでも注文できるが、料理は一定の量を超えると、どんなに金を払っても出してもらえない。


「さあ、酒でも飲んで明るくやりましょう」

「はあ」


 星羅としては袁幸平と酒を飲みたい気分ではないが、一人でじっと過ごす夜もつらかった。明樹のことに集中しないで済むので、ある意味ありがたい。更に袁幸平は、おそらく下心があってもそれを見せることはない。自分に関心が湧くまでゆっくり待っているともいう。星羅は彼を男としてみることは全くないが、知人として心を開きかけている。


「今年は軍師試験に受かったものはおりましたか?」

「いえ、どうも勉学どころではなかったようで希望者も過去最低でした」

「そうなんですかあ。財務省のほうは逆に過去最高に希望者がいましたよ」

「ええー。どうしてかしら」

「お役所勤めは食いっぱぐれがないと思っているのでしょう。それでも軍師省は仕事が厳しく思えるのでしょうね」

「ああ、そうかも。国難の際に一番、力量を発揮させなければいけないのが軍師省ですから」

「うんうん。そんな軍師省にお勤めだなんてあなたは素晴らしい」

「いえ、そんな。もっと役に立てればいいんですが」

「真面目な方ですな。ほら、とりあえず仕事は忘れて飲みましょう」


 なかなかの量を飲んだが、星羅は酔えなかった。袁幸平のすすめるままに飲んでも、心を許してはいないのか思考がマヒすることはない。今度こそ、酔わせてでも隙を作ろうかと思った袁幸平が、先につぶれてしまう。


「あらら、袁どの」

「うーうう。ちょっと休憩……」


 星羅は、外で休憩している袁幸平の下男を呼び、彼を運んで連れて帰ってもらった。


「さあ。わたしも帰ろうかな」


 ひと瓶土産に持ち、朧月夜の照らす道を一人歩いて家路についた。


103 占い師

 一人で静かな夜道を歩く。大通りから一本入ると、店はまばらになっていて人通りも少なくなった。星羅は瓶のふたをとり、一口酒を飲む。


「一人で飲むほうが酔えるかな」


 夫の明樹とはよく酒屋に行って楽しく飲んだ。陽気な彼は酒が入ると更に明るく朗らかになった。


「どうしてかしら、ね」


 遺品を整理していた時に、明樹が星羅に当てただろう文が出てきた。


『私は弱い人間だ。すまない』


 快活で前向きな明樹に弱い部分があろうとは夢にも思わなかった。父親である陸慶明も「明樹は私の母に似ているところがあったようだ」とがっくり肩を落としていた。

 星羅が後を追わずなんとか生き長らえているのは、明樹の一粒種でもある、息子の徳樹が残っているからだろうか。瓶を傾けまた酒を含む。


「明兄さま……」


 いつかひょっこり顔を出して「なんだ暗いじゃないか。酒でも飲もうぜ」とどこからか出てくるのではないだろうかと、無駄な空想に縋りつく。

 気が付くと瓶は空になっている。


「少し酔ってきたみたい」


 ふらふらし始めた星羅は広い道から狭い道に入る。家を目指して歩いていると、十字路に差し掛かる。


「おや? あんなところに誰か」


 店も民家も建っていない空き地に机を出して座っている者がいる。行燈の火がちらちらしていて、その人物を明るくしたり暗くしたりする。

 近づいてみると、街頭の占い師のようだった。


「そういえば、観てもらったことないな」


 都のあちこちにも、街頭で占っているものがいる。太極府からのスカウトを待っている占い師も多いが、陳老師の眼鏡にかなうものはなかった。

 ふらっと近づき、頭から深くローブをかぶった占い師に声を掛ける。


「観てもらえる?」


 占い師はうつむいたまま頷き「何を観ましょう」と答えた。声で女人だとわかるくらいで、立っている星羅には座って俯く占い師の顔は見えない。


「え、と。母のことを」

「どちらの母を?」

「え? どちら?」


 占い師はこくりと頷き「お二人いるでしょう」と静かに答える。いきなり当てられて星羅は驚いた。


「あ、ああ、では、その、育ての母を」

「わかりました」


 占い師は袖口から紙の束をとり出しかき混ぜ、まとめてから何枚か机に並べる。色々な絵の札が並べられた。星羅にわかるのは、異国の民が描かれていることと、太陽、楽器を拭く人物などだった。


「あなたのお母さまはとてもお元気です。愛しい人との再会も果たしているでしょう。近々、手紙が届くかもしれません」

「そうですか。よかった」


 少しだけ心が温まり、ほっとする。


「あの、生みの母も観てもらえますか?」

「わかりました」


 先ほどの絵の札をまた集めて、混ぜ合わせ並べなおされた。歩いている異国の民と、輪の中で踊る人や、たくさんの棒を見た。


「ずっと旅をしています。自由の身でお元気ですよ。あなたのことをいつも気にかけていますが、お会いになれるのは随分先でしょう」

「随分先……。会えないかもしれないのですか?」

「会う必要があれば、きっと」

「そうですか。でも自由なのですね」

「あなたのことは良いのですか?」

「わたしのこと……」

「あなたは自分で道を切り拓いているのですね。誰かを頼ることなく。でもあなたのことをずっと見守っている方は多いのですよ。そのことをお忘れなく」

「ありがとうございます。では、これを」


 懐から銀貨を出し5枚ほど机に置く。しかし占い師は受け取らない。


「金はいりません。その代わり、あなたの髪を一房ください」 

「髪を?」


 星羅は言われるまま、頭の横にすっと指を入れ一房髪をとりだす。長い髪の先を占い師はそっと撫で「少しだけですから」と異国の刃物でちょきんと手のひらくらいの長さを切った。

 代金が金ではなく髪の毛とは変わった占い師だと思ったが、街頭の占い師に比べ、よく当たっていると思うので、価値が違うのかもしれない。


「これを一つどうぞ。お守りです」


 占い師は腰から下げられるような紐が付いた、小さな布包みを星羅に渡す。


「あの、それだけよく見えているのなら、太極府にお知らせしておきますよ」

「太極府……」

「ええ、太極府では、あの、昔、すごく的中率の高い占い師がいたのですが、今はなかなかそれだけの人がいないようで」

「うふふ。ありがとう。今夜でここの商売は最後なので結構です」

「そうですか。では、これで」

「お元気で」


 占い師にお元気でと言われて、やはり変わった挨拶だと思って星羅はまた道を歩き出した。手にしていた酒瓶がいつの間にかなくなって、代わりに布包みが手の中にある。あっと思って振り返ると、もう占い師の影も形も無くなっていた。



104 母の行方

 兄の朱京樹が帰国してしまう前に、星羅は忙しい合間を縫って太極府に面会に行った。何度も訪れている星羅はもう門番にいちいち身分証を見せることなく通される。長く静かな廊下を通り京樹のいる部屋にたどり着く。


「京にい」

「やあ、よく来たね」


 静かに答える京樹の隣に、太極府長の陳賢路も静かに座っている。


「あ、陳老師。失礼いたします」

「うんうん。よいよい。ゆっくりするがええ。まあ星羅殿も暇ではないだろうが」

「恐縮です」


 立ち上がろうとした陳賢路に星羅はそうだと小さな包みをとりだす。


「すみません、陳老師。こちらを見ていただけますか?」

「ん? どれどれ」


 星羅は包みの中身をとりだす。紫色の綺麗な石だ。


「おお、これは。流雲石(ルーン)ではないか」


 先日占い師に観てもらったときにもらったと告げると、陳賢路は穏やかな表情を一変させ目を見開いた。


「なんと! その者は晶鈴かもしれない! この石はわしが晶鈴に渡した物によく似ておる」

「え?」

「そなたに会って名乗らなかったのか、その占い師は」

「ええ……」


 星羅は生みの母に会い損ねたのかと、目の前が真っ暗になった。ガクッとひざを折った星羅の肩に京樹が優しく手を置く。


「星羅、そんなに気を落としてはいけない」

「でも、でも」

「ついておいで。うちの卜者に占わせてみよう」


 陳賢路の後を星羅と京樹は黙って付いて行った。静かで暗い廊下をまた歩き、カチャカチャと音がする部屋に入る。陳賢路は算木を使うもの、振り子を使うもの、亀の甲羅を使うものに胡晶鈴の行方を占わせる。三者の鑑定結果を総合すると、都から北にある宿場町に彼女は滞在しているらしい。今日会えなければ、再び会う機会があるかどうか不明である。結果を聞くや否や星羅は立ち上がり「行ってくる!」と京樹と陳賢路に告げる。


「とにかく行っておいで、何かあればこちらで対応するから。軍師省にも言っておくよ」

「ありがとう。京にい」

「馬なら十分間に合うじゃろう」

「ありがとうございます」

「うんうん。礼は良いから早くいきなさい」

「では!」


 星羅は急ぎ自宅に戻り、馬の優々に跨った。


「行ってくるね。明々」

「ヒン」


 ロバの明々は眠そうな目をして軽く啼きまた目を閉じた。餌も水もたっぷりあるので大丈夫だろうことを確認して星羅は宿場町を目指した。


 都の門を抜け、北の宿場町まで一本道で迷うことはない。草木が枯れ殺伐としたかつての草原を駆け抜ける。途中で小川があったので優々に水を飲ませ、草を食べさせた。


「優々の食べる草がまだ生えていて良かったわ。人もあなたたちみたいにこんな草を食べられるといいわね」


 草食動物たちは、雑草と苔やシダなどでなんとか食いつないでいるところだった。しかしこの飢饉で、食用になってしまった農耕用の牛や馬も多い。少し休んだ優々はヒヒンッと啼き、星羅に出発できると合図する。


「平気? もういいの?」


 ブルルと身震いし優々が顔を上げたので星羅は出発する。しばらく走ると、歩く人がまばらに見え、同時に宿場町の門が見えた。胸元から身分証の札を出し、馬から降りて門番に見せる。


「軍師様。どうぞ」


 見習いではない星羅は、もう軍師と呼ばれる。面映ゆい気分だが頭を下げ通る。そして手が空いている兵士に、女の旅人が昨日か今日やってきていないか尋ねる。食料が足りていないであろう、痩せた兵士は虚ろな目で記憶をたどっている。


「え、と。確か今朝早くそのような女人が入ってきました。でもお一人ではなかったような」

「一人ではなかった? 連れがいたのかしら。どこへ行ったかわかる?」

「うーん。行先までは。でもここを出ていないので町の中だとは思います」


 空腹でしっかりしていない兵士に、これ以上質問するのも気の毒で辞めた。現在、元気に旅をするものなどいないので、胡晶鈴がこの町に来たことは確かだろう。小さな町なのでとりあえず宿屋に向かう。


「母は一人ではないのかしら」


 連れがいるかもしれないという話を思い出しながら、宿屋に入る。旅人のいない静かな宿場町は、宿屋の前で呼び込みをする者はいなかった。


「ご主人」


 食堂でぼんやり座っている、宿屋の主人らしく男に声を掛ける。かつてはふっくら喜色満面だったろう男は青白く頬こけ、腹だけが裕福さの名残を残している。


「お泊りですか? 食事は粥くらいしかありませんが」

「いや、泊りではない。あの、今、泊り客はいるか?」

「へえ。一組だけ」

「一組?」

「ご夫婦だと思いますが」

「夫婦……」


 晶鈴が男連れで泊まっているのか、それとも違う者なのか。思わず考えて止まっていると、主人が「おや、息子さんでしたか」と男装の星羅をみて合点がいった顔をする。星羅もその言葉で、泊り客は晶鈴だとわかった。


「今、部屋にいるだろうか」

「いえ、さっき町を一周してくるとお二人で出かけましたよ」

「町を一周……。どのくらいの時間がかかるだろうか」

「小さな町ですし、店も今閉まっているばかりで。すぐに戻ると思いますよ」

「では、ここで待たせてくれ」

「ええ、どうぞ。ただあいにく食事が……」

「気にしないでください。ああ、水だけ頂けたら」

「ええ、ええ。ああ、酒なら出せます」

「いや、今は水にしておこう」


 星羅は椅子に腰かけちびりちびり水を飲み、携帯食の干した硬い面包(パン)をかじる。しばらく頬杖を突き、国難に対する策に対して思いを巡らしていると、馬の優々の嘶きが聞こえた。


「ん? 優々?」


 入口のほうに目をやると頭からローブをかぶった二人組が立っている。ガタっと席を立ち星羅は「母上、ですか?」と震える声で尋ねた。

 背の低いほうが、高いほうを見上げると、その背の高い人物は頷いて階段を上っていった。背の低い人物がゆっくりと星羅のほうに近づいてくる。星羅は頭が真っ白になってその近づいてくる人物を見つめた。星羅の目の前にやってきたその人物はゆっくりとローブを脱いだ。


「あっ……」


 目の前には、自分にそっくりな、しかし親にはとても見えない若々しい少女のような胡晶鈴の顔があった。


「おかけなさいな」

「は、はい」


 晶鈴に席に着くように言われ、星羅は座る。


「大きくなったのね」

「は、母上……」


 母親を目の前にして星羅はまた頭が真っ白になった。晶鈴が宿屋の主人の声を掛け酒を頼む。


「ほら、あなたは飲めるのよね」

「ええ」


 晶鈴に酒を注がれ、星羅はぎこちなく飲んだ。


「京湖はあなたをとても愛して立派に育ててくれたのね」


 育ての母、朱京湖の名前を聞き星羅はリラックスする。


「京湖かあさまがどうなっているのか心配です」

「大丈夫よ。今はもう彰浩さんとまた一緒に暮らしているわ」

「とうさまと? ほんとですか? それなら良かった」


 酒が入り、京湖のことを話すと星羅は落ち着いて、晶鈴に質問を始める。今までどんな経緯で華夏国に戻ったのか。どうして昨日、母と名乗ってくれなかったのか。星羅の実の父である曹隆明には会わないのかと。そして連れの者は誰なのか。

 晶鈴は優しく頷き口を開いた。


105 胡晶鈴の足跡

 朱京湖と間違われて、胡晶鈴は西国へと連れてこられた。人違いだとは言わず、京湖ではないとばれるまで晶鈴は黙っている。晶鈴をさらった男たちは、民族の違う晶鈴の顔さえ見ようとはせず、西国の衣装だけで判断し、確認をしなかった。彼らは人さらいが専門なのか、さらった相手と顔を合わせるということをしないようだ。女子供をさらうときに罪悪感が出るのだろうか。それともさらうことが重要であって、さらった人間には全く興味がないのかは分からない。


 食事などで時々外に出されるが基本、牢のような荷台に乗せられた。男たちは、晶鈴が大人しくしているので猿ぐつわも、縄も解いてやっている。ずいぶん遠くまで着たころ、逃げ出すチャンスが何度か訪れたが晶鈴は逃げなかった。人違いとも言わなかった。

 もう朱京湖は町から離れているだろうから、今、晶鈴が逃げ出しても彼女を捕まえることはそうそう出来ないだろう。


「もうしばらく様子をみましょう」


 命の危険は感じないのでそのまま終点につくまで晶鈴は行動をとらなかった。


「着いたぞ!」


 男は晶鈴の頭から布をかぶせ周囲を見えなくさせる。身体にも縄を掛けられた。


「へへへ。こりゃどうも。じゃ、俺たちはこの辺で」


 男たちは金を受け取ったようで、カチャカチャと金属音をさせて遠ざかっていった。


「こちらへ」


 今度は女の声が聞こえ、晶鈴の背をそっと押し歩くよう促す。布の中から下を見ると六芒星のレンガが敷き詰められている。美しい意匠だと飽きることなく長い距離を歩いた。階段に差し掛かり、その白い大理石の美しさにも目を見張る。


「京湖の国の趣向も素敵なのね」


 色々な大理石のモザイクが美しい広間に入り、しばらく歩くと女が「膝まづいてください」と晶鈴の肩を上から押さえる。晶鈴は黙って膝まづいた。


「待っておったぞ」


 頭の上から太く低くいやらしさを感じる男の声が聞こえた。腰掛けていた男は立ち上がり、手ずから晶鈴の布をとった。顔を上げた晶鈴の目の前の男は、にやにやとした顔が瞬時に激昂した表情に変わった。


「だ、誰だ! 貴様は! この女は誰だ!」


 怒りで目を真っ赤にさせ、晶鈴の胸元をつかむ。


「ラージハニはどこだ!」


 おそらく京湖のことを言っているのだろうと分かったが、晶鈴は「不知道(しらない)」と答えた。言葉が通じないようで、男は通訳のために人を呼ぶ。気品のある老人がやってきた。怒り狂っている男と違い、静かで優し気な老人は晶鈴に京湖のことを尋ねる。しばらく話し合うと、老人はわかったと頷き男に向きを変える。


「バダサンプ殿。どうやらこの者は占い師だそうでラージハニ様から、占いの褒美にこの衣装と腕輪を賜ったとか。それきりラージハニ様の行方は知らぬということです」

「ぐぬっ」

「この者には罪はありません。どうかご容赦を」


 怒りが収まらないバダサンプは、イライラと歩き回ったのち身近な兵に、さっき金を与えた者たちを処分するように命令した。京湖と間違えて晶鈴をさらってきた男たちは今頃、もらった金で酒を飲み楽しんでいるだろう。娯楽もつかの間、すぐに首をはねられるのだ。


 命令を下すと、わずかばかりバダサンプの留飲を下げた。


「さて、その女の処分だが……」

「この者に非はありません。自国に帰してやるがよいでしょう」

「いや。わしをぬか喜びさせおって……。ちょうどよい。浪漫国に向かう隊商がいるだろう。この女を奴隷として売ってやろう」

「そ、そんな」

「浪漫国は人種が違う者を奴隷にするのが好きだからな。高く売れるだろう」


 老人は晶鈴に今までの話を告げた。


「すまぬな。そなたは華夏国へと戻れぬようじゃ」

「いいのよ。あなたのせいではないわ」

「わしにもっと力があれば……。ラージハニ様……」


 この老人が京湖を慕っていて、バダサンプには心から従っていないことはよくわかった。晶鈴はこの老人に京湖は元気だと、今のうちに逃げることが出来るだろうと告げてやりたかったが、余計な言動は慎んだ。ただ一言「20年ちょっとの我慢ですわ」と老人に告げた。


 この時の晶鈴にはなぜだかわからないが、そんな言葉がつい口から出た。晶鈴がこの国を去って20年過ぎに、ラージハニこと朱京湖がみつかり、彼女によってバダサンプが暗殺されたとき、老人は予言だったのだと気づいた。



106 浪漫国へ

 浪漫国へ向かう隊商は土耳其国(トルコ)に立ち寄り、荷物の半分を交易する。土耳其国も大きな国だが民族と宗教の分裂により、まとまりがない。西国との関係は悪くもなく良くもなかった。ここでも奴隷として売られている人間を何人か手に入れシルクロードを通り浪漫国に向かう。


 骨の転がる砂漠を越え、赤い岩山を上り、青々とした草原を渡る。見る景色が全て新しく感じた晶鈴にとって奴隷として売られていく長旅が辛いものではなかった。

 実際に自国で奴隷の身分でいるよりも、浪漫国で奴隷として暮らすほうがより人間らしい暮らしができる。そのため、西国でも土耳其国でも浪漫国への奴隷市が開催されると、最下層の者がこぞって応募してくる。噂によると、浪漫国では奴隷の身分であっても金をため市民の身分を買うことが出来るらしい。生まれた時にすでに身分が決まってしまう奴隷にとって夢のような話だ。

 隊商に連れられた奴隷たちは逃げ出すことをせず、浪漫国に夢を抱いているかのようだ。


「建物も衣服も華夏国に負けず劣らず発展しているのに、身分は変化しないのね」


 晶鈴は王族以外、身分制度のない華夏国は素晴らしい国なのだと自画自賛する。ほかの奴隷たちに華夏国の話をするとどうだろうか。きっと信じられないだろう。


 一年以上かけての旅は過酷で、隊商は最初の3分の2の人数になっている。浪漫国に到着したときに半分以上残っていればいいほうだ。旅慣れた屈強の商人たちはおおよそ残るが、奴隷の半数は病にかかり、水に当たり死んでいく。この旅は奴隷の自然の選別でもあった。シルクロードを越えることのできる奴隷の価値はとても高い。身体の頑丈さと精神力が並の人間とは違うのだ。半分失っても、隊商の儲けは莫大だ。


 一年も一緒に旅をすると家族のような親密さが生まれる。晶鈴は「もたない」ほうだろうと思われていた。西国人とも土耳其人とも違い、白く華奢で弱々しく見える。さすがに日焼けをして小麦色の肌になっているが、強そうには見えなかった。


「お前は見た目とは違ってなかなか屈強だな」

「私たち華夏国民は肉体だけではない。気が大事なのよ」

「面白いことを言うな」


 いつの間にか言葉も覚え、よく話した。国民性なのか、西国人も土耳古人も陽気で難しく考えることはしない。

 長旅もいよいよ終わりに近付いた。キャラバンの隊長が浪漫国の国境に差し掛かった時大きく息をして肩を上げ下げした。


「やあ、今回も無事についた」


 隊長の言葉に、奴隷たちが騒めく。


「どこに売られるんだろう」「何をさせられるだろうか」「主人は厳しいだろうか」


 真黒な顔をした隊長は「よく頑張ったな」と仲間のように奴隷に声を掛ける。


「お前たちのような奴隷は並の者は買うことが出来ない。富豪や役人であるから給金もいいだろうよ」


 隊長の言葉は偽りがないことを知っているので奴隷たちは希望を持つ。


「明日は早速、奴隷市にいく。今夜は宿に泊まり、身体を洗い身綺麗にしておくのだ。より高く売れるようにな」


 浪漫国に入り、雑多な市を抜け大きな宿屋に隊商は落ち着いた。奴隷たちは隊長からコインを一枚もらう。


「これで風呂に入り何か買って食べると良い」

「言葉がわからないのだけど」


 晶鈴が尋ねると隊長は白い歯を見せる。


「大丈夫だ。新顔のお前たちが明日奴隷として売られることが風呂屋も屋台の者もすぐわかる。金を渡すだけで融通をきかせてくれるだろう」


 そういうものなのかと晶鈴は頷いて宿屋の外に出る。浪漫国も土耳古国も西国も、そして華夏国も国境に近い町は色々な民族が交じり合い、雑多で、喧騒で、色彩の渦だった。

 明日、奴隷になるというのに晶鈴は、新しい国に興奮していた。しばらくうろうろして屋台を眺め、一切れのチーズを買って食べる。


「華夏国の酥(そ)に似てるのねえ」


 白い肌に金色や茶色の髪の人が多いのだなと眺めていると、華夏国の国境の町で占いをしていたカード使いの女を思い出した。


「彼女はまだあの町にいるかしらね」


 華夏国を思い出すと、次々に娘の星羅や、京湖、慶明や隆明など様々な人の顔が浮かぶ。


「元気でいてくれてるといいわね」


 二度と会えないかもしれないが、辛い気持ちにはならなかった。ふっとため息をついて見上げると、赤ら顔で着衣を乱している人たちが大きな建物から出てくるのが見えた。


「ああ、ここが風呂かしら」


 大きな建造物に圧倒されながらも、晶鈴は好奇心に満ちローマ風呂へと入っていった。


107 伯爵

 裕福な商家に買われた晶鈴は、奴隷というには破格の待遇を受けている。というのも、シルクロードを越えてきただけでなく、彼女の占術の腕前だった。華夏国民である胡晶鈴は、浪漫国の貴族や裕福層には外見的にウケが悪かった。あっさりした顔立ちは、何を考えているのわかりづらく、異質に感じるようだ。また他の奴隷たちは、奴隷らしくこそこそと下の者であるという卑屈そうな態度をとるが、晶鈴は飄々として買いに来るものを観察している。奴隷を買いに来た者が、まるで自分が買われるような気持になっていた。

 晶鈴を買った商人は新しもの好きで、西国の隊商長に彼女のことを尋ねた。


「弱そうに見えて案外強いし、占いができますよ」

「ほう。占いか。ちょっと試してみるか。言葉はどうなのかね?」

「今は西国と土耳古国の言葉だけですが、すぐに覚えるでしょう」

「じゃあ、ちょっと聞いてみてくれ。今、南の国と北の国と取引しているんだが、どちらが利益が大きいか」


 隊商長は頷いて晶鈴に今の内容を伝える。いきなり占えと言われても晶鈴は「いいわ」と動揺することなく胸元から流雲石をとりだし占い始める。


「南は水の害があるから今回は期待できないわ。でも北から珍しい毛皮が届くようよ」


 結果を隊商長から聞いた商人は、目を見開き「なんと! 南の国には今回、船で海路を使ったのだ!」と大声を出す。髭を撫で、腹をさする。大柄で白い肌を持つ中年の商人は顔を紅潮させその場を行ったり来たりする。


「この娘を買おう」

「いいんですか? あたりかハズレかまだ分からないでしょう」

「確かにそうだが。わしの直感がこの娘を買ったほうがいいと言っておる」

「そうですか。ではあなたに売りましょう。晶鈴、この方が主人になる」


 形ばかりの檻から晶鈴は出され商人の目の前に立つ。


「姓はフー。名はジンリンです」

「ふむ。わしはジェイコブ・フガーだ。ここよりも西に屋敷がある」


 ゆったりとした駱駝色のチュニックをかぶった商人はそばで控えていた使用人に馬車を用意させた。話しぶりや態度は気さくで物腰も柔らかい。裕福商人らしく、余裕があるようで人使いは荒くないだろう。


 晶鈴は主に商売の利益などについて占った。よく当たるのでジェイコブは晶鈴を重宝し、多くの給金を与える。数年で彼女は自分を買い戻すことが出来る金を貯めた。ジェイコブに自分の代金を払い、解放奴隷となり市民権を得る。もう縛られることなく自由の身になった晶鈴は、華夏国へ戻ろうと考えたが、シルクロードを一人で旅するには過酷すぎた。東に向かうキャラバンに混ぜてもらうか、人を雇って旅に出るしかない。どちらにしろまた膨大な金が必要だ。

 解放奴隷となり、市民権を得たがそのまま屋敷で金が貯まるまで働くことにした。ジェイコブはお抱え占い師である晶鈴にいつまでもいてほしいと願うが、賢明な商人なので無理強いはしない。華夏国に帰るまで気兼ねなく働いてほしいと気前の良さを発揮する。

 フガー家は晶鈴を雇ってからさらに発展を遂げ、豪商として名を馳せている。商人のみならず、貴族たちも恩恵にあずかろうと身分としては格下のフガー家を訪れることがしばしばあった。


 ある時、晶鈴は客が来ているときに、ジェイコブに客間に来てほしいと言われた。今までなかったことなので何かと思いながら晶鈴は客間に出向く。広々としたサロンは美しい大理石の柱が何本も建っていて、チェンバロの響きを共鳴している。


「お客様が弾いているのかしら?」


 当代随一の職人に作らせたチェンバロは美しい彫刻と絵画が施され、楽器というよりも調度品だった。フガー家では弾ける者もおらず、また客も美しすぎるチェンバロに手を出すものはいなかった。


 軽やかで優しくかわいらしく、そして温かさを感じさせる音色に晶鈴はしばし耳を傾ける。音がやんだのでそっとサロンに入る。頭を下げて顔を上げると、チェンバロの隣に中年の身なりの良い男が立っている。プラチナブロンドの長く艶やかな髪は漆黒のビロードのリボンで結ばれている。端正な顔立ちは美しいが中性的で、広い浪漫国の中のどの地方の出身なのかわかりにくい。貴族のようで深緑色のビロードのショート丈のジャケットに、膝下丈のほっそりしたズボンをはいている。ショートブーツも艶やかで上等な革を使っているのだろう。

 晶鈴は浪漫国の庶民らしく、生成りの羊毛のワンピースを被るように着ている。


「ジェイコブ様、失礼いたします」


 腰を落とし、晶鈴はあいさつし、客の前でも同じく腰を落とした。


「うんうん。伯爵、この者が占い師のジンリンです。ジンリン、こちらはジャーマン伯爵だ」


 晶鈴がもう一度腰を落とすとジャーマンは「お近づきのしるしに」と指にはめていた紅玉と金でできた豪華な指輪をはずし、晶鈴に与えようとした。掌にのせられた指輪を晶鈴はじっと眺める。


「お気に召さないですか?」

「え、ああ、あの価値はあるようですが身につけるには重たいですね」

「ふふふっ。ジェイコブ殿、面白い人を雇っていますね」

「まあ、ジンリンはそこら辺の者とはやはり違うのですよ。もらっておきなさい」

「資金にはなりますよ」


 晶鈴は、二人の男のやり取りを聞きながらなぜ自分がこのサロンに呼ばれたかまだ分からなかった。


「あの、御用は?」

「いや、用というほどのことではないのだが、伯爵がジンリンに興味を持ったようなのでな」

「はあ」


 ジャーマンは澄んだ水のようなアイスブルーの瞳を晶鈴に向ける。じっと目の奥を覗き、彼に悪意も下心もないと晶鈴は認める。


「ジェイコブ殿が、ここ数年で飛躍的に発展したので不思議に思いましてね。きっと何か、誰かが関与しているのだと。ただ単に金を儲けるだけならまだわかるのですが、商売敵を作るどころか、儲かるあなたを賛美する。危ない真似も、強欲なこともない。このような商人を初めてお目にかかる」


 相当に褒められてジェイコブは気をよくする。


「まさしくわし一人では無理だったでしょうな。ジンリンのおかげで危険を回避し、金を稼ぎ、使うことで社会にも貢献出来ましたな」


 ジェイコブは商人としては珍しく文化の保護や貢献にも努めている。


「私は面白い人に会うのが好きなのですよ。ジンリン、あなたのようなね」

「はあ」

「あなたのことを聞かせてもらえませんか?」


 晶鈴は占いではなく、自身のことに関心を持つジャーマンを不思議に感じながら、華夏国でのことからここまでくる経緯を話し始める。話している間、晶鈴はサロンがとても静寂で時間が止まったように感じられていた。


108 解放

 長く話したと思ったのに、わずかな時間しかたっていなかった。柄のついた湯飲みの中の、紅茶は温かい。


「ジンリン、よかったら私とこの国を廻ってみませんか? 自由の身なのですから」

「あの、わたしは華夏国へ戻る費用を貯めたいと思っているので」

「おやおや。そのような平凡なことを言ってはいけない。ここでじっとしているほうが華夏国へ戻る近道だと?」

「旅をするには相当の資金がひつようですから」


 ジャーマンは少年のような瞳を見せてにっこり笑い、ジェイコブのほうに振り返る。


「彼女を連れて行ってもいいかな?」

「はあ……。いつまでも商売の手伝いというか、占ってもらっていたかったのだが」

「もう、必要ないのでは?」

「そういわれると確かにそうですがね」

「じゃあ、決まりだ」

「わしは良いですが、ジンリンの意志も尊重してやってくださいよ」

「ええ、もちろん。しかしあなたは良い商人だ。これからも国がどうなろうとも発展するでしょう」

「はははっ。これはどうも」


 ジャーマンの言葉の意味を深く考えずにジェイコブはジンリンを手放した。


「善は急げだ。ジンリン、出かけよう」


 いきなりやってきて、いきなり一緒に旅に出ようという瞬発力に、物事に動じない晶鈴もさすがに呆気にとられる。


「ジンリン。これは餞別だ。困ったら金に換えなさい」


 ジェイコブは腕にはめていた純金の腕輪を外し晶鈴に渡す。


「ジェイコブ様……」

「機会というものは早々にない。それをジンリンもよく知っているだろう?」

「ええ、まさしく」


 晶鈴の占いでも、好機が来たと出れば、ジェイコブは心配しながらでも乗ってきた。今では自然に、乗るべき波と、見送る波がわかる。流雲石しか持たない彼女は着の身着のままで、ジャーマンとともにフガー家を出る。

 改めて立派な屋敷を眺めジェイコブに幸あれと祈る。ジェイコブはこの後、国が分裂しても翻弄されることなくフガー家を保ち続けるのだった。


「では、私の屋敷に参ろう。手を取って」


 ジャーマンが手を差し伸べたが、晶鈴は出会ったばかりの男の手を取る習慣はなくじっと彼の手を見た。


「ほら、繋いで」

「え、繋ぐのですか? 手を引いてもらう必要はありませんが」

「ふふふっ。言葉で説明するよりも行動で示したほうが良いだろう。さあっ」


 ジャーマンは強引に晶鈴の手をとり握る。


「目を閉じて」

「目を?」

「うん。良いというまで空けないように」

「はあ……」


 考えてもよくわからないので、晶鈴は彼の言うとおりに目を閉じ「空けていいですよ」と言われて目を開いた。


「え?」


 今まで居た、石畳とフガー家はすっかりなくなり、深い森の中にいた。


「ここは……」


 空気もしっとりと湿り気を含み、涼しい。


「ほらね。場所を変えるのに資金が必要ではないのだ」


 何かに化かされているかのように、晶鈴はジャーマンの誘うまま、彼の森の中の立派な屋敷に入っていた。こうして晶鈴は彼のもとで不思議な術を学ぶ。晶鈴はジャーマンの見込んだ通り呑み込みが早く、彼の教える色々な技を覚えていった。それでも思考と肉体の解放に数年かかった。


 数年の間に浪漫国の帝政が終わりを告げる。民主制が始まったのだ。強大だった浪漫国は数多くの国に分裂し、それぞれの市民が国の元首を選んだ。身分は一切なくなり、奴隷はすべて解放され平等な市民となる。


「やっと奴隷制度がなくなったのね」

「形としてはね。奴隷だった者たちにとっては喜ばしいことだが、元王侯貴族たちの中にはそういうみな平等のような意識になれぬものが多いだろう」

「あなたは伯爵というご身分でしたね」

「ええ、革命までは。今は一市民ですよ」


 浪漫国が解体され、民主制になり、身分が変化してもジャーマンにとっては些細なことだった。


「世界が変わってもあなたは変わらないのね」

「君も変わらない。ああ、少し若返ったようだ。そのころの君がきっと充実してた頃なんだろうね」


 ジャーマンと一緒に過ごす晶鈴は歳を取るどころか確実に若くなった。華夏国を出る前くらいの娘時分の年頃だ。諸外国の人たちに比べ、元々若々しく見える晶鈴はまるで少女に見える。


「あなたはもっと若くならないのですか?」

「実年齢に比べ、はるかに若いよ。ちょうどこの年頃に精神と肉体の均衡がとれたのでね」


 深く細かく追求したことはないが、ジャーマンは華夏国の千年生きていると言われる伝説の道士のようだった。晶鈴が生まれる前のずっとずっと古い時代のことも話してくれた。

 残念なのは彼は華夏国には来たことがないことだ。一瞬で場所を移動することが出来るのは、行ったことのある場所に限っていた。ジャーマンのもとで、修行をし教えを乞うたおかげで、晶鈴はシルクロードを旅することなく、一瞬で華夏国に帰ることが出来るのだ。


「さあ、今度は私を連れて行ってくれたまえ」

「ええ、華夏国にお連れしましょう。でも、寄り道もさせてください」

「西国の友人だね」


 晶鈴は、占術と透視を組み合わせることが出来、今、朱京湖が西国に戻ったことを知っている。彼女に会ってから、華夏国へ戻ることにした。

 2人は西国の衣装を用意する。


「よくお似合いで」

「まあ、これはこれでアリかな」


 薄手の透ける衣を身にまとい、2人は手をとりあって西国へと向かった。


109 旅立ち

 長い晶鈴の物語を聞き終えて、星羅は一口酒を飲み尋ねた。


「これからどうなさるのですか?」

「北の国に行くの」

「北に? なぜ?」

「新しい国がおきるのを見に行くのよ」

「そのあとは?」

「また新しいことが起きそうなら見に行くの」

「華夏国には留まらないのですか?」

「ええ、ここはもう少し後で変化があるでしょう」


 国に変化があると聞いて星羅はもっと気になった。


「どんな変化ですか? 今でも飢饉で民は苦しんでいるのに……」


 軍師として国を憂う星羅に晶鈴は優しく微笑みかけた。


「華夏国も浪漫国のように、天子という存在がいつか消えるでしょう」

「そんな……」


 星羅にとって高祖が築いたこの王朝は、華夏国の歴史の中でも随一の王朝だと思っている。奴隷もおらず、宦官も無くなり、才によって自己実現が叶う理想的な国だ。華夏国の良さを熱心に話す星羅を晶鈴はじっと見つめる。


「とてもうまくいっていると思うわ。だけど変化がないとやはり滞ってしまうのよ」

「平和よりも変化がいいと思うのでしょうか」

「人は欲深いものね。目の前の平和に感謝ではなく、飽きを感じてしまうの」

「では、浪漫国のあとの分裂した国もまた更に変化が起こると?」

「そうよ。いつまで何のために変化させるのかわからないけれど」

「難しくて、わたしには、何が何だか……」

「ねえ。星羅。わたしたちと一緒に旅をしない? きっと国なんてものに縛られずに本当の自由でいられるわよ」

「自由……」


 しばらく自由について星羅は思いを馳せたが、はっきりと答えを出せなかった。


「考えなくていいのよ。旅に出て、自分自身を感じるの。今の苦痛からも自由になるのよ」


 星羅は、国のこと、軍師としての仕事、息子の徳樹や、父王の隆明を想い、そして亡き夫、明樹を想った。


「わたしは不自由なままでもいいです。ここでやることがあるから」

「そう……」

「母上はどうぞ、するべきことをなさってください」


 晶鈴の眉が歪み、少しだけ寂しそうに見えた。


「あの、王には、父には会わなくて良いのですか?」


 西国で朱京湖とは会ったようだが、華夏国ではなんとか星羅と会っただけだ。


「会わないわ。今の彼はもう後ろを振り向くことがないでしょう。会う必要がないの」

「そう、ですか」

「そうだ。会わねばならぬものがあったわ」

「誰です?」

「行きましょう。あなたがいないと会えないわ」


 晶鈴は思い立ったように立ち上がり、星羅を外に連れ出す。馬の優々がつながれているところへ行き「さあこの子も一緒に」と優々の背を撫でた。


「一体どこへ?」

「あなたの屋敷を思ってちょうだい」

「ええ」


 言われるまま、目を閉じ屋敷を思う。目を開くと、目の前に小さな屋敷にたどり着いた。今まで晶鈴の話を聞いていたが、実際信じろというのは難しいと感じていた。しかし、今、一瞬で自分の屋敷に戻ったのだ。


「明々のとこへ案内して」


 厩舎にいくとロバの明々がぼんやりと虚ろな様子で横たわっている。晶鈴が「明々」と声を掛けると「ひん?」と弱々しく啼いてきょろきょろする。

 明々のそばに行き、晶鈴は長い鼻面を優しく撫でる。明々はその晶鈴の手をなめようと長い舌を出してあちこち舐めまわそうとしている。


「ただいま」

「ひ、んっ」

「長い間、星羅の面倒を見てくれてありがとう」

「ひひっ」

「ほら、これはあなたに」


 懐から桃色の岩塩をとりだし明々に見せる。明々は2、3度ぺろぺろ舐めて満足したような表情を見せた。そしてうとうとと眠りについた。

 晶鈴は立ち上がり「会えてよかったわ」ともう一度明々に目をやる。


「とても嬉しそうです」

「さて、ではわたしはもう往くわ」

「もう?」

「うん」


 少女のような晶鈴はいたずらっぽい目を見せる。


「また、会えますか?」

「会いたいときにきっと会えるわ」

「ほんとうに?」

「姿かたちが見えなくても、いつもあなたのそばにいます」

「母上……」

「そんな顔しないの。あなたが一緒に行かないって言ったんじゃない」


 晶鈴は笑いながら、涙を流す星羅の頬を撫でた。


「母上」

「ごめんね」


 ぎゅっと星羅を抱きしめ、晶鈴は彼女の美しい髪をなでる。


「私の最後の執着はこの髪の手ざわりだった。あなたのこの髪に私が生きて残した証があるわ」


 星羅はなぞかけのような晶鈴の言葉を聞きながら、それでも京湖とはまた違う母のぬくもりを感じる。そっと身体を離し晶鈴は星羅の腕をもって目を覗き込む。


「星羅。次にまた求婚されたらお受けなさい」

「え? 求婚?」


 ゆっくり晶鈴は頷く。


「きっとあなたが知らないことを経験できると思うから」

「そんな、夫のことがありますし……」

「いいえ。生きているものが大事なのよ。あなたは夫をそれほど深く愛していたの?」

「それは、もちろん」

「きっと今あなたがそう思っているほど、実際はそうではないと思うわ」

「そんな!」

「ごめんね。言い争うつもりはないの。でもね。あなたはもっと、私以上に深く知れることがあると思うのよ」

「母上……」

「不思議ね。顔はそっくりなのに、中身はまるで違う。私が求めるものとあなたの求めるものはまるで違う」

「そのように言われても、わたしにもわかりません」

「いいの。とにかく少しで頭に入れておいてくれるといいわ」

「わかりました」

「では、これで」


 にっこり笑んだと思ったら晶鈴はふっと消え去った。


「母上? 母上!」


 あたりをきょろきょろ見渡したが晶鈴の影も形もない。


「行ってしまわれた」


 あっという間の再会が終ってしまった。しかし不思議と悲しい気持ちにはならなかった。飄々として風のようにつかみどころのない少女のような母だった。


「今、また追いかけても、もういないのだろうな」


 馬に乗ってまたさっきの町に行ったところでどうなるものでもない。ずっと胸につかえてたものが下りる気がしていた。ただ残念なのは、せっかく浪漫国の言葉を学習していたのに使えなかったことだ。


「母上、お元気で」


 北に向かう晶鈴に祈りを込めて言葉を発する。眠った明々と優々を起こさないようにそっと厩舎を出て夜空を仰ぐ。北の空には北極星が輝いている。北へ旅する晶鈴はきっとこの星眺めるだろうと、しばらく星羅は北極星を見つめ続けた。

 

110 京樹の帰国

 華夏国民の1割が飢餓で死に、国庫もほぼ尽きかけたころ気候に温暖の兆しが見えた。まだ油断はできず、質素な生活が推奨されてはいるが国難の頂点からは抜け出たようだ。それと同時に太極府でずっと星を読んできた朱京樹は星が見えなくなった。


「華夏国での僕の役割は終わったようだ」


 京樹は再三、西国の王にと使者がやってきていたが、返事を伸ばしていた。華夏国の行方と、妹の星羅が心配だったからだ。

 その心配ももうなくなりそうだ。星羅から無理をしてない前向きな姿勢が感じられる。実母の胡晶鈴に会えたようで、心の憂いが減っているようだ。

 兄として妹を支える必要性がなくなり、星も見えなくなり、華夏国でやるべきことは、もはやないかもしれない。

 達観する京樹だが、太極府の陳賢路はたいそう残念がる。


「おぬしをわしの跡継ぎにさせたかったのじゃがなあ」

「異国民の僕にそこまで期待してくださって本当にありがとうございます」

「しょうがない。京樹は占術師ではなく、王になる運命だったのじゃな」


 胡晶鈴に次ぐ逸材は京樹だった。陳賢路は心から残念だと思うが、こういう逸材がいないときは国家に不安がないときでもある。


「しばらく平和な御世が続くのかの」


 2人はしばらく、夜空の星をただ、かがやく美しい星として眺めた。


 西国から京樹のために正式な迎えがやってくる。西国の老臣の宰相と外交官は何十年かぶりの国賓であるが、飢饉を何とか乗り越えた華夏国にとって十分なもてなしは不可能だった。せいぜい地方の富豪の結婚式だ。大臣たちは恥ずかしさのあまり俯いている。


「申し訳ない。せっかくお越しいただいたのに満足にもてなすことが出来ぬ」


 王の曹隆明の言葉に老臣は手を大きく振り額づく。


「王様、とんでもございません。このような立派なもてなし痛み入ります。西国とて同様です。飢饉でもないのに民は飢え……」


 暗殺された王のバダサンプは市民から搾れるだけの税を搾り取っていた。国のことなどまるで考えず、おのれの欲望だけを満たし続け、忠言を進言する大臣たちを抹殺してきた。王位継承者もことごとく亡き者にされた。暗殺されなければ西国はバダサンプとともに消滅していき、隣国の領地になっていてもおかしくなかった。


「新しい王はきっと善政を布いてくれると思います」


 そこへ西国の正装をした京樹がやってきた。スカイブルーの何層もあるドレープの軽やかな衣装は、金糸銀糸で刺繍がほどこされきらきら輝いている。普段から着慣れていた漢服よりも、やはり西国の衣装が良く似合う。彩度の高い青は京樹の聡明さを引き立たせ、ナイーブに見えた彼を逞しく感じさせる。

 国賓を迎えるこの祝宴に、軍師として、また京樹の妹として星羅も末席を与えられている。初めて見る西国の正装をした京樹は華やかで素晴らしく美丈夫で、思わず見とれてしまった。


「京にいじゃないみたい」


 西国の花と呼ばれた母、ラージハニを持つエキゾチックな西国の新王『ラカディラージャ』は、これから国民をその容姿だけでも魅了していくだろう。曹隆明に堂々と挨拶をしたのち、上座に座った京樹が、星羅を見つけ笑んだ時、初めて胸がドキリとした。


 宴が終り、明日になれば京樹は旅立つ。外交官として西国を訪れることが出来るだろうが、そう簡単なことではない。ちょっと馬を走らせて、太極府に会いに行くのとはわけが違うのだ。星羅は出来るだけ京樹の姿を目に焼き付ける。華やかな西国の衣装の彼を見ながら、いつもの漢服の兄の姿も思い出していた。


 早朝、星羅は最後に京樹の姿を一目見ようと、王族と郭家の後ろに控えていた。十分、兄妹として別れの会話を交わしてきたが、まだまだ言い足りない気がするし、寂しい。

 金属が多く使われた豪華な馬車に乗り込む京樹をじっと見る。京樹は、星羅の視線に気付くとじっと星羅を見つめ目配せをした。


「さよなら、京にい……。お元気で、王様」


 屈強な兵士に守られ、長い西国の隊列は都を後にした。帰国すれば、すぐに京樹は即位し国を安定させようと奮闘するだろう。バダサンプによって荒れた西国を立て直そうとする京樹はきっと大変な苦役を強いられるだろう。

 一瞬、「王妃として西国に来ないか?」と言われたことを思い出す。京樹と一緒に国を立て直すことに尽力するほうが良かったのだろうかと考える。『次にまた求婚されたらお受けなさい』晶鈴の言葉を思い出すと美しい異国の王に抱かれることを想像してしまった。


「母上が変なことを言うから」


 星羅は、見えなくなるまで京樹の乗った馬車を見送り続けた。

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