第66話

66


 この雄叫びはブライアンの鼓膜も蕩揺とうようさせていた。


「・・・!!」


 元・公国陸軍軍曹は一旦、眼を背後に移し雄叫びの詳細を意識しているらしい。


 流石に眼下には下段構えの男が、長剣を突いて肩で息をしているので、背後は振り向かない。


 しかし、相当な異常を長身の城将じょうしょうが、認めたことを下段構えの男は推察した。


「・・・今の声は・・・?」


「・・・貴様は悪運が強いな・・・!!命拾いしたって事だ・・・!」


 そう言い残すと、ブライアンは下段構えの男に止めは刺さず、数ヤード後ずさりしてから跳躍し、城壁のもう一段高い所まで登り、さなが鎌鼬かまいたちの様な軽捷さで山砦さんさいの奥に消えていった。まるで矰繳いぐるみで捕られた野鳥の様に収納されたように、下段構えの男は思えた。


「・・・なんという身のこなし。・・・、百戦錬磨の猛者もさであった・・・。今の私の敵う相手では無かったか。」


 なんとか、立ち上がり、杖代わりにした長剣を鞘に納め、口から流れた血液を手で拭うと、

 

 背後から2人の取り巻きが駆けつけてきた。


「ダン殿!大丈夫であったか?」


「この後はどういたしましょうか?」


「・・・いや、あまり大丈夫と言う感じでは無いが、正直、もう一回真正面からぶつかって勝てる相手とは、思えん。貴下達はどう思う?」


「・・・あの2人のかたきを討ちたいです!!・・・ですが・・・」


「・・・ああ、我らの勝てる相手では無いな。真っ向勝負では・・・!」


 ダンと呼ばれた下段構えの男は、うつろに亜空を見た。


(・・・私の考えが甘すぎた。どこかに、この国の領土を縮小させた斬り込み隊という概念がが有ったと思う。しかし、歴戦の勇士であり、己の研鑽けんさんは全く通用しなかった。)


「・・・戦場は乱戦にもなる・・・。やはり隙をうかがい暗殺を狙うより他は無いだろうな・・・!!」


「はい。そうでしょう。」


 ダンは一瞬、2体の首無し死体に目をやったが、収容は不可能と判断した。同情はするが仕方ない。今はこの戦場から一旦離脱せねばなるまい。


(・・・しかし、ブライアンよ。この戦場で必ず貴様を討つ!!)


 と心中で決意をし、2人の取り巻きを連れ搦め手門側の戦場から足早に去って行った。


 そこに入れ違いに異常な落ち着きぶりで、一人の男性が歩を進めていた。


「・・・流石、最前線は精兵せいへいぞろいか・・・。私の出番は出来てしまったようだな。」


 誰にも聞こえない位のような小さな声で、眼帯の紳士は呟いた。


 いや、厳密には周囲の怒声や、雷鳴、ときの声が彼の言葉を虚空こくうで掻き消した。



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