第63話

63


外気の騒音とはまるで打って変わっての、天幕の静謐せいひつさであった。


ジオ侯爵とエリオス中佐は、眼を相変わらずパチクリさせ、充血させている。


(・・・何か,異状があるようだ・・・。)


 と、アイバァは悟ったが、それが何なのか皆目見当がつかない。


「・・・その幼児とは会わせられるが、少し手筈が煩雑でな、ニーズ家の末子よ。」


「名はアイバァと申します。中佐。」


 流石に実兄が補足する。


 「失礼、では、アイバァよ。少々席を外していただきたいのだが。いや、屋外で待てとは言わん。この天気だ。食堂に使っている頑丈で巨大な幄舎あくしゃが、この天幕を出てすぐに右手側に有る。そこで、しばらく待機して頂きたい。」


「・・・と、申しますと?失礼ですが何をおっしゃりたいのか、良く分かりません。もっと直截的ちょくせつてきに申していただけれ・・・」


「おい!!、中佐の言うとおりにしろ!アイバァ!」


「・・・申し訳ありません兄上。ならば、中佐殿のご指示を仰ぎます。」


 そう言うと、貴族の末っ子は匂うような挙措、動作で、立ち上がり御辞儀をし、退室していった。

 侯爵と中佐の眼が自然にフェーデの方に集まり、「これで、人払いは済んだ」とでも言いたげだ。


「・・・インジュやヒョウフは有るのか?」


ぶっきら棒に珍しく、清廉潔白なエリオスが、小柄な少年にく。


「・・・エンジュ?ああ、えんじゅの木のことですか?ヒョウフってのはちょっと分からないですが。」


「違うわ!!インジュ!!印綬だ!!お前の官位や所属を、確かめるための証明だ!ヒョウフは兵符。わが国では鳳凰の形をした割符の事だ!」


 侯爵がやや激昂げっこうして即座に突っ込む。


「・・・・・、本当に良く分かってないらしいな・・。」


 朴訥ぼくとつな元・公国陸軍威力斥候隊の次将は,厳しい視線をフェーデの双瞳から、宙空に移し、腕を組み、二の腕を指でトントンと叩いているが、座っているのが床几しょうぎなので項垂れることは出来ず、前屈みである。


「・・・困りましたなあ・・・、中佐殿・・・!!」


 豪奢ごうしゃな出で立ちの而立過ぎの男性も、首をフェーデの方とは直角に曲げ、側頭部に右手をやり、逆側の腰に左手を添えて、眉間に幾重にもしわを寄せてしかめっ面である。


「・・・ああ、本当に困った・・・、どうしたものか・・?」


 どこにでもいる若者は、少し狼狽した。正直、この2人が何を言わんとしてるか、まったく予想出来ていない。しかし、自分はどうもこの豪華なテントの中には、居なければならないらしい、という事だけは暗に、理解出来ただけであった。もう少壮から中年に掛けての年のこうを重ねてる2人なのは、見れば分かる。若い頃、荒怠暴恣けんたいぼうし放蕩無頼ほうとうぶらいの身過ぎ世過ぎを経験した人間でも、丸くなる年頃の筈だ。


「あ、あの・・・さっきから、一体何なんでしょう?先程、彼女の言う通り我々は仲間を取り戻しに来ただけです。逆を言うとそれ以外は本当に何も無いのですよ。敵側の密偵という可能性も、この天幕に肉親が居たことで、かなり薄いでしょうし・・・・・あ、もしかして、あの子を攫ったのがこの部隊の兵隊だったからバツが悪いんですか?」


「・・・、ああ、まあ、それも正直有るんだが、そんな事よりも重大な案件が、勃発してしまったのだよ・・・!」


「そうそう・・・そうなんだよ・・・。」


 一口ひとふりの差し料のレイピアの鞘のこじりと、緞帳どんちょうの様な荘重な、外套を左右に忙しく振らせ群青の戎衣じゅういを接触させなが甲高かんだかい音も鳴らせ,かぶりも振って、ジオ・ニーズは気難しい顔をしている。


「・・・別にあの子、名前はエピって言うんですが、彼の安全が確かめられればそれでいいですよ。まあ、流石に誘拐をした犯人は軍法会議には掛けられるでしょうけど、普通の裁判は掛けなくても。」


「信賞必罰は枉断おうだん出来ん。公国陸軍の軍紀の紊乱ぶんらんは許諾せん。しかし・・・そんな事よりも・・・君は本当に何か覚えて無いか?」


 この内乱の総指揮官は、本当にこの平凡な若者の事を気遣ってるようだ。


「・・・あの、俺が・・・失礼、私が昔どういう事をしていたか、お二人ともご存じなんですよね・・・?さっきからの様子をうかがっていると・・・。」


 内気な少年は勇気を振り絞って質問してみた。


 軍人と貴族の壮年は、眼を合わせた。

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