第61話

61


 軍楽隊は元々、喇叭らっぱや太鼓、かね等で部隊の命令を伝達させる役割を持つ。


 例えば、オーヴィル公国陸軍では部隊の「前進」は太鼓(戦鼓や軍鼓や陣太鼓等と呼ばれる)を叩く。

そして全く逆に部隊の「後退」は鉦を鳴らす、事によって合図を号令していた。(ただし、これもずっと変えなければ、当然敵軍に予想されるので、随時、変化させる)


(・・・一度の失敗で軍楽隊の合図の、変化で奇襲と断定した洞察力も侮りがたいが・・・こう実際に対峙たいじしてみると、気勢も凄まじくかつての大陸大戦時に旦夕たんせき(差し迫った危機)、死線をくぐって来ただけは有るな・・・!)


  下段に構えた、二人称を「貴下きか」と呼ぶ,魔薬異能力者はそう思案し、ブライアンと相見あいまみえて、自分が勝てる蓋然性がいぜんせいなど有るのか、とも自問自答する。


 その男を中心に左右に2人ずつ、人屏風ひとびょうぶこしらえていた他の4人も銘々めいめいが大剣を、多種多様に構えていたが、同じ思惑だろう。


「・・・どうした?そちらから来ないなら、こちらから行くぞ!!」


 造次顛沛ぞうじてんぱい(わずかな間)の静寂しじまから、ブライアンが吠えた。


「・・・防塞ぼうさいの主将・・・いや、裨将ひしょうから来攻とは皮肉だが面白い。貴下から、掛かって来るが良い!!」


「では」


 と、言い終わらないうちに、下段構えの男の左、2人のくびね飛んでいた。

ガキィィ――――――――――――――――――――――ン!!!!!


 それを、視認した次の瞬間に、下段構えの男は左後方に軽捷に振り向き、少壮の守将の、短剣による斬撃を、長剣の鎺元はばきもとで何とか、受け止めた。


 「ぬ・・・。意外に骨があるな。流石,五月蠅うるさい事を言うだけ有るか?一気に5人とも首無し死体にしてやるつもりだったのだが。」


 ブライアンは血管で赤黒く暗転して、強烈な眼圧を掛けてあるだろう、両目とも,すがめて凄んで来た。


 (ぐくぅ・・・なんという迅速さ・・・!受け太刀が妙味みょうみの我が流儀でも受けるのが精一杯か・・・!!)


「・・・先程、此処ここ城址じょうしでは無く別墅べっしょだ・・・と、言った意味が分かったわ。」


「そう、散策するがごとく、来襲してきた敵を要殺出来るのだ。おらあっ!!」


 鍔迫り合いから、中段に前蹴りを下段構えの男に食らわせ、更に毒づく。


「命が惜しかったら、帰ってエリオス中佐に報告しろ。この堅塁けんるいは抜けません、とな!!」


 2,3ヤード吹き飛ばされても、踏みとどまり下段構えの男は、


「・・・最早、2人の戦友は貴下の刀下の鬼となった。私も既に引き下がれん。ブライアン副将。お主の首級しゅきゅうを取る迄は。」


 そういうと、自分の右手側の二人に(引き下がっていろ。お前らの叶う相手ではない)とのジェスチャーをした。


 二人とも数ヤード跳び下がり遠巻きに構えを解かず、ブライアンを睨みつけている。


「・・・一対一か面白い。まだ公国陸軍軍人にも、貴様の様な騎士道精神を重んじる男が居たとはな・・・。死ぬ前に名を聞いておこう。」


「・・・名乗る程の者では無い上に、軍機で名乗れん。身も蓋も無いが。ただ十年以上前は貴男方あなたがた、公国陸軍前衛の斬り込み隊を尊崇そんすうしていた者だ。繰り返しになって恐縮だが。」


 元、公国陸軍軍曹の眉間に亀裂が走っていたが、吊り上がった双眼が細まったのは、霖雨りんうもやにより視界が悪化しているだけの理由では無いだろう。


 れとは真逆に、傍らには大の字になった二体の灰色のロングコートの男の死骸が、淫雨いんうをより倒錯的とうさくてきに残酷さを表現していた。


 切断された頭部の両眼は虚空を見つめており、涕泣ていきゅうしているように、涙腺から閼伽あかが目尻を通って、古塁の版築の床に溜まっていく。


荒天で涙雨なみだあめとは程遠いが・・・。

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