第6章 用心棒の門地(ようじんぼうのもんち)

第60話

60

 

「・・・お兄様!!???」


 立派だが奢侈しゃしな嫌いは無い,質実剛健な公国陸軍の総指揮官の趣味の、幕舎の中は一同が同じことを思った。


 この、自由奔放の女用心棒は、たしかに・・・そう、血色の良い桃色の口唇から、珍しく上品に言い放った。


 「・・・お兄様って事は・・・、この立派な身形みなりの??」


 フェーデがどもながら、呟く。


 「・・・ハハハ・・・、取り敢えず、微笑ほほえめば良いのかな?我が、妹よ・・。」


 微笑むとは口だけで、誰がどう見ても荘重そうちょうな恰好の男性は、苦笑いを作った。内心は晦渋かいじゅうと苦悩、安堵と激怒,数多あまたの感情が交錯しているのであろう。だが、視線は小柄な若者を捕捉して離さない。


 「誰かと思えば・・・!!ニーズ家の末子ばっしか、あのおてんで有名だった!!」


 公国陸軍中佐も辟易へきえきしながら、不満を漏らす。

 

 アイバァは顔色を峻刻しゅんこくに一変させ、エリオスに向かってひざまずき、額突ぬかづき、片膝立ちで、


 「兄上がいつもお世話になっております。エリオス中佐殿。此度こたび小紛しょうふんも中佐殿の辣腕らつわnによれば、事態は終息するまで、寸刻も掛からないで・・・。」


 「要らぬ、世辞せじは言うな。お主は何故なぜ此処ここに来た?そして,軍監の門地もんちならば此処が部外者以外進入禁止であることくらい、想像に難くないと思案するが。」


 いぶかっている高潔な陸軍佐官は、彼女の口上を途中で遮断したが、矢張やはり彼もフェーデの方に意識が行っているようだ。


「・・・失礼致しました。中佐殿。・・・我が朋友ほうゆうが一人、鼠輩そはい身許みもとを攫われてしまいまして、必死に追走してきました結果、この野営地に辿り着いた次第であります。」


「・・・なるほど。得心とくしんした・・・が、その連れの若い男は何故、此処に来た?」


 一瞬、女剣士は(何故、フェーデ君なんかに話を振るんだ?)と疑念が生じたが、


「・・・その者も我がともがらで、過般かはん、知り合ったばかりです・・・。そして、あの幼子は此処にいるんですよね?是非とも面会させて頂きとう存じ上げます。」


 と、無難な返答をした。だが・・・。


「・・・ジオ候爵。どうしたものか・・・?」


 アイバァは拝跪はいきし乍ら、半眼でかせ、実兄と陸軍中佐の様子を、窺窬きゆしている。何か様子がおかしいのだ。まず、実兄が自分を赫怒かくどしない。エリオス中佐もだ。というよりも、まず自分が叱責されて、事態の状況説明をしてからじゃないととてもじゃないが、容認されない暴挙を自分がした自覚が有るからだ。


 何故だろうか?二人とも目配めくばせをしている。


「侯爵!??アイバァ‼!お前の家柄って貴族だったのかよ!!信じられねー!!吃驚びっくりした!!」


 場の空気を読まず、というか読めず弱気な少年が驚嘆している。


「・・・あの、申し上げづらいのですが、エリオス中佐。私達は職務に戻った方が良いですか?」


 場違いな程の落ち着きぶりで、ビル・ローレンスが問いただす。


「ああ、もう良い。各自持ち場に戻れ。ローレンス二等兵、アンダーソン二等兵、タイラー二等兵。しかし追って沙汰さたが有るので,留意りゅういしておくように。」


「はっ!!了解しました!!では我等は仕事に戻ります!それでは失礼致します!」


 三人とも礼儀正しく敬礼し、点頭てんとうし足早に、エリオスの帷幄いあくを出た。


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