第59話

59


 煮沸しゃふつされたれきの様に、スクワイア監獄、いや城塞内は歓声が噴水、いや噴火の如く上昇していった。


 ス・アーの名乗った大男は、その強靭な大腿筋と下腿筋が、緊張を永久とわに忘却し、全ての体膚たいふを重力の支配下に移行させた。


 自然、轟音を立てながら、崩れ落ちた。頸根から血煙の湧水ゆうすいを、吐き出しながら。


 彼が両手持ちにした、ひときわ大きい長大な剣が、鏘鏘しょうしょうと地面と激突し、渦巻くように吸着した瞬間、(赤銅しゃくどうの魔獣)が


「おおおおおおあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 と、叫んだ。


 ときの声というよりは、勝利の雄叫おたけびだったのかもしれない。


 せきを切ったように、魚鱗から鶴翼に陣形が変わり。グレコを突端に反乱軍が、血塗ちまみれの石畳の下り坂を、突撃してくる。


 倒死とうしした、ス・アーの後方30ヤード(約27メートル)ほどに、屈強な馬甲を着込んだ葦毛あしげの若駒を盾に、公国の正装の甲冑を着た、馭者ぎょしゃ2人と4人の灰色の、ロングコートを羽織った男達が、鳩首凝議きょうしゅぎょうぎしていたが、即座に灰色のロングコートの男達が、佩剣はいけん透波抜すっぱぬくとグレコに殺到していった。


 4人とも魔薬異能力者なのだろう。


 マンソン達の傭兵隊はほぼ、殄滅てんめつしているうえに、統率してる将領が失神中であり、当然戦闘の指揮は取れない。

 

 異常な突風の様な剣戟けんげきで、魔薬異能力者が、グレコの周りに、まとい付こうとするが、風車の様に丸太を、振り回し撃ちあう。


 金属音や打撲音が、周囲を激烈な三重奏の様に鳴り響く。数十合すうじゅうごうも交錯してるのであろう。


「・・・初めて見た・・。これが魔薬異能力者同士の戦闘・・・・!」


 右の太腿を二カ所射貫かれ、自軍の指揮官と同じちんばの様に、街路樹の下生えに身を隠している、マンソンの幕僚は感嘆していた。


 「貰った!!」


 魔獣の脳天目掛けて、3フィート(約2・7メートル)ほど跳躍し、長剣を真っ向唐竹割からたけわりに、振り下ろした男が居たが、寸時にその直刀を握り潰し、返す刀で左の裏拳を、その男の水月みぞおちを叩き込む。


 すると、男は50ヤード(約45メートル)程、吹き飛ばされて常緑樹林に落下して行った。


 元・公国陸軍大佐は右の腰骨を支点に、横にぎ払い、残りの3人の能力者を打擲ちょうちゃくしようとした。


 ギィキキイィイィイイイィイイィイ―――――――――――――――ン!!!!!!


 物凄い鈍い音が、環囲している空気を破裂され、聳動しょうどうさせる。


 3人とも丸太を、障子の骨の様に軽々と振り回すグレコの怪力は、如何いかんともし難く得物で守禦しゅぎょするのがやっとだった。


 「・・・くうぅううぐうう!!!・・・なんという馬力だ・・・!!」


 「聞きしに勝る、大力無双・・!!」


「・・・だが、俺たちもただでやられるわけにもいかん・・・!!」


 最後の台詞せりふを吐いた、ロングコートの男は奥歯を噛み締め、八重歯を覗かせた。


 この戦場で命を散らす覚悟は有るらしい。魔薬異能力者は膂力りょりょくだけでなく、精神力も冠絶かんぜつしているようだ。

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