第58話

58


「・・・強将きょうしょうのもとに弱卒じゃくそつなし・・・か・・・まさか、弩の矢を手掴てづかみで封殺するとは・・・。」



 白亜の壁は、鮮血淋漓せんけつりんりはしり雨や淋巴液りんぱえきで、瑪瑙めのうか万華鏡のような波紋で表現され、泥濘でいねいと脂汗でえた臭いで、制圧され呼吸もむさ苦しい。


 雷鳴と怒号も凄まじく視界も湿度が高く、暗く狭窄きょうさくである。


もうブライアンの20ヤード(約18メートル)左前方には、5人の灰色のロングコートの男が話しを切り出していた。


「貴下がブライアン軍曹だな。この堡塁ほうるいの主将である・・・。」


 最初に、トム・アンダーソンに声を掛けた男であった。ス・アーのように蛮勇ばんゆうは振るわないらしい。


「・・・いや、総大将はグレコ大佐さ。今も・・・。俺は次将で良い。それにここは城址じょうしでは無く別墅べっしょみたいなものだ。」


「何故、そんなにグレコ大佐を私淑ししゅくする?」


「簡単な事よ、彼に陶冶とうやを受けたからだ。若い時分に」


「今なら、まだ死罪にはならんぞ。考え直せ。謀反むほんなど無意味だ。」


「・・・お前、人に毒矢を放っておいて、とんでもないこと言うな」


「まあ、仕事だからな・・・。自分でも可笑おかしいとは思うが。」


「最後に聞く。お前らは魔薬異能力者だろうが、王室の藩籬はんりか?」


「・・・それは我々が(遺贈者)なのかと聞いているのか?」


「ああ、そうだな。もう死ぬかも知れんからなんか、冥途めいど土産みやげ寄越よこしてくれや。結局、あいつらは敵だったのか?味方だったのか?今でも良く分からんからな。」


「・・・・・・。」


「・・・どうした?何故黙るんだ・・・・?」


「我々は遺贈者では無い。まあ、アンタが信用するかどうか分からんが。」


反乱軍の亜将あしょうは、一瞬目を切った。


「・・・エリオス中佐とは、恩讐おんしゅうとも有るが、尸位素餐しいそさん(高位についているのに、ろくに働かない事)に甘んじるフェルナンデス伯爵は、生かしておく気にはなれん・・・。」


「・・・、先の大陸大戦の最前線で、光輝こうきあるオーヴィル公国のしこ御盾みたてとなり、勇戦・敢闘し続けた貴隊には、薫陶くんとうを受ける筈であった・・・。」


「なんだ?お前?俺たちの事を感心してくれてたのか?」


「その中でも特にゆうなるものと聞く、グレコ大佐とエリオス中佐、そして貴下のブライアン軍曹・・・。我々は、自彊不息じきょうふそくし、一徳一心いっとくいっしんの関係でいたいと願ってはいた・・・。」


「が、もうそんなことは言ってられんな。不倶戴天ふぐたいてんの仲になってしまった。エリオス中佐とも。」


 後輩に尊敬されてる奇貨きかが露見したが、轗軻不遇かんかふぐう(世の中に受け入れられず、境遇に恵まれない事)の城将は伏し目がちになり、己の命運を呪った。


「・・・ところで、軍楽隊の一瞬の演奏の変化で、毒矢による奇襲が来ると断定できたのか?」


「ああ、そうだ。先般、投石器と弩の二段攻撃を喰らわされた時も、微妙に演奏が変わったからな。同じ過ちはせん。」


 動体視力だけで無く、魔薬異能力により聴力も、常人のれを遥かに卓絶している証拠を語り、懐からダガーを、取り出した。


「後輩に戦闘の厳しさを教授できるとは一入ひとしおだが、容赦はせんぞ。覚悟しろ!!」


「その覚悟無くして、軍命を拝する者が有るか・・・!!」


そう言い終わると、腰の長剣を抜き打ち、下段に構えた。


 取り巻きの4人の灰色のロングコートの男たちも無言で、ブライアンと話した男の周囲に、抜剣し展開した。


 からめ手門側の両軍の将兵は、魔薬異能力者同士の争闘そうとう固唾かたずを飲んで見守っている。


戦神はどちらに微笑ほほえむのであろうか?


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