第49話

49


おそれながら!!エリオス中佐!!領袖りょうしゅうグレコとその配下の兵卒の一部が、スクワイア監獄のほりに転落、付近の城壁と跳ね橋も一部崩落!素晴らしい戦果であります!!」


 欣喜雀躍きんきじゃくやくして伝令が上奏してきた。


「よろしい。して、からめ手門側の別働隊は?」


「投石の着弾を合図として,交戦開始し敵、右後方からの奇襲は成功と呼べます!」


「よろしい。持ち場に戻れ。」


「はっ!」


 エリオスの帷幄いあくに一人の而立じりつと不惑の間くらい年齢の、荘重そうちょうな、装いの男が立っていた。緞帳どんちょうの様な立派な、外套がいとうを肩から腰まで垂らし、その奥には、紺碧こんぺきの上等そうな甲冑をのぞかせ、綸子りんずの上下がまるで緋縮緬ひぢりめん長襦袢ながじゅばんのようで、落ち着きがない異彩を放っているが、––腰にはレイピアがいてある。褐色の短髪で良く整えられた口髭くちひげを蓄え、明朗そうな物腰、身の丈は丁度、6フィート(182・9センチ)ほどである。


「随分、順調のようですね。エリオス閣下かっか。」


「・・・おたわむれは止めてください、私に閣下は百年早い。我が軍では閣下は将官しょうかん以上でしょう。それを御存知無いわけではないでしょうに。あなたが。」


 にべもなく言い放った。


「四時の方向からの奇襲というのも、素晴しい。」


「・・・いにしえ兵法ひょうほうの常道にのっとったまでです・・・.。」


 幄舎あくしゃの中で、壮年将校は床几しょうぎに腰を掛け、この面倒臭い諧謔かいぎゃく好きの男と会話しなければならなかった。


「しかし、先程の男たちは不気味でしたね・・・!」


 エリオスは、その男の顔を凝呼っと睨んだ。


 そして亜空あくうに視線を向け、


生粋きっすいの戦争屋ですからねえ、彼らは、不気味ぐらいで丁度よろしい。・・・あなたとは、生きている世界が違うのかも知れないですよ。」


 職業軍人の精いっぱいの皮肉であった。


「・・・此度こたび紛擾ふんじょうは内乱でしょう!!いわば仲間割れです。かつての友軍が今は、敵軍となっておるのです。戦捷せんしょう報告が来ても、喜色満面というわけにもいかないですよ。」


 流石に気圧されたのか、立派な身形みなりの壮漢は、


「・・・領解りょうかいしました。」っといったまま沈黙した。


 鎮圧軍の最高指揮官はむしろ、切歯扼腕せっしやくわんしていたのである。ついさっき、腹心の部下から、マンソンの右腕の男が、糧秣りょうまつの貯蔵庫の幕舎で、児童を拉致らち・監禁していた事実を、報告されていたのである。


 その瞬間、激越げきえつなる怒りで脳裏が支配されたが、なんとか、持ち前の鉄石心てっせきしんで正気を保った。

 

 異朝いちょうの(良い鉄は釘にならず)ということわざを思い出した。(質の良い人間は兵士にはならない)という意味だ。


 完璧にマンソンの背信行為により、自分は譴責けんせきされるであろう、(勿論、マシソンもされるが、現在、最前線で戦闘中なので彼はそもそも生還するかも分からない。)

その事は甘受かんじゅするが、この内紛ないふん鎮撫ちんぶされてからの方が公国の為と思うのであった。


 いま、最高指揮官である自分が左遷させん更迭こうてつされると、公国の興廃、陸軍の隆替りゅうたいに関わるのは、エリオスの自惚うぬぼれが過ぎるという物では無かった。


 この糞真面目な公国軍人は名利みょうり恋々れんれんとしない。


「・・・かつて難攻不落の山砦さんさいと呼ばれたスクワイア監獄も、今は後援部隊乏しい孤塁こるいです。

更に環繞かんじょうしている、鳥径ちょうけいは小官は網羅しています。反乱軍の最高指揮官を僭称せんしょうしている者は

小官のかつての部下で、思考回路も先読み可能です。

この戦は負ける方が難しい。・・・魔薬異能力者を除いては・・・!」


「・・・その魔薬異能力者も、鎮圧軍の方が優勢ですしね!」


「?・・・なにがですか・・・?」


 幕舎の中の空気がふるおののいた。


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