第46話

46


 釁端きんたん嚆矢こうし以来の援護射撃がやっと来たようであった。


 マンソンは、平射された弩隊クロス・ボウたいの矢が灰白色かいはいしょくの天空を切り裂いていく様子を見て、多少安堵たしょうあんどした。


 ようやく、自隊以外の公国陸軍も戦闘開始したのであろう。マンソン自体は、バリスタによって串殺せんさつされた、愛馬の陰に隠れて、陣頭指揮を取っていた


 周辺には、射殺された血糊ちのり殷紅色あんこうしょくだらけの死骸が岡阜こうふ(こだかいおか)を作り、つつみから疏流そりゅうしたように、氾濫はんらん霈然はいぜんと降る雨と混じって、三々五々さんさんごごに散っていた。戦闘神経症や重傷を負い、近傍きんぼう喬木きょうぼくの街路樹や叢生そうせいしているおどろに身をひそめる部下の兵士が多かった。


「自隊の後詰ごづめの増援部隊が来た!!皆の者!!もうひと踏ん張りだ!!なんとか、監獄の大手門まで、玉砕瓦全ぎょくさいがぜんの精神で、この石畳いしだたみの一本道を駆け上がるのだ!!」


 八九三兵やくざへい首魁しゅかいも、断じて行えば鬼神きしんもこれを避く、如きの気迫で原隊げんたいに、発破はっぱを掛ける威容は、竜章鳳姿りゅうしょうほうしと言っても良かった。


 部下の、荒くれ者どもは、命懸けで吶喊とっかんした。陣形を出来るだけ崩さず、斃仆へいふするもの、横死おうしするもの、を捨てき、血戦けっせんする。


 あと、監獄の大手門迄、約150ヤード(約137・1メートル)ほどである。最早、十数本の征矢そやが大手門側の監獄の版築はんちくの城壁に射かけられている。


 が、次の瞬間、無法者むほうもの頭目とうもくは、悪魔を瞳に焼きつけることとなった。


バタアー―――――――――――――――ン!!!!!


 大手門が突如開き、ほりに掛かる跳ね橋が下がり、上半身裸で腰から下は、脛楯(はいたて)を穿いた、筋骨隆々の雲を突くような大男が、樹齢何十年ほどの大木の丸太を、右のわきの下で、固定して、下搏かはく橈骨とうこつ尺骨しゃっこつでリードしムンズと握って、構えて現れたのであった。


「・・・いきなり、大御所が貫目かんめを見せる気概きがいか・・・!」


 マンソンは、アウトローらしい痛烈な皮肉を、口角こうかくを上げて、口遊くちずさみ、両手で襤褸らんる(ボロ)の虎の皮の外套がいとうを、きつく、結い直し、弓手ゆんで戎衣じゅういを正し、立ち上がり、馬手めて蕃刀ばんとうさやを払った。


(・・・俺の命もここまでか・・・?)


 という、気持ちと、


(絶対に生き残ってやる!!)


 という、牴牾ていごした心で揺れている。


 クロス・ボウから放たれた征矢が、乱れ飛ぶ戦場で、立ち上がり、愛刀をふるって、雄叫びを上げるようにえた。


「あれが、凶賊きょうざくの親玉、グレコ・ローマンなるぞ!!雑兵首ぞうひょうくび兜首かぶとくびではなく、大将首たいしょうくびを挙げんがとする者はおらんか?原隊げんたいの中に一番槍を彼奴きゃつ馳走ちそうしてやる程の気位きぐらいを持つ者はおらんのか!??」


「・・・・・・・。」


 マンソン直々の誰何すいかだったが、配下の将士の反応は薄い。誰がどう見ても、魔薬異能力者で、当千とうせん猛者もさであるグレコの首を取りに行くというのか。自己の明哲保身めてつほしんが見え隠れする上官が指嗾しそう(けしかける)しようとする事を、真摯しんしに受け止める将校や下士官、兵卒は居なかった。

 

 土器かわらけうわぐすりを塗られ立派になった玉卮ぎょくしが、それをぎ取られ元の器皿きべいに戻るようであった。


 暫時ざんじ、豪雨の雨音だけが聞こえた後に突如、


ガラララララッラ―――――――――――――――――――――――――ン!!!


 と、物凄ものすさまじい、残響音がスクワイア監獄の大手門周辺を急襲きゅうしゅうした!!!


 誰もが近隣の何処どこかに落雷したと思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る