第41話

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「・・・流石さすがに、騒然とするものだな・・!」


 中堅の軍は、最高指揮官を護衛する為に精兵せいへいぞろいであるが、任官して半年のトムとジェームスの様に近習きんじゅうのような兵士も居るには居た。


「最前線はもう戦死者も出てるやもしれん・・。なあトム。」


「ああ・・。」


 さすがの剽軽者ひょうきんものも、神妙な面持ちで、長槍をたずさえ、佇立してしている。


 兎に角戦場というモノはこれほど,忙殺ぼうさつされるものかと思い知らされ始めた。


 小間使こまづかいの様に、帷幄いあくに出入りする伝令、悪天候の為、狼煙のろしは使えないので手旗信号を、何回もバトンタッチするように、動きまわる職能集団、糧秣、武器等の残量確認の、属僚ぞくりょう・・・。


 数え上げればキリがない程、目の前で、武臣、文臣、達が辺りを走り回っている。


 無骨ぶこつなジェームスも、動揺せざるを得ないように、まばたきが多くなり、目が充血しているようだ。


「・・・俺たちは、何もしなくて良いのかな・・・?」


「馬鹿!何もしないんじゃなくて、出来ねーんだろ、大人しく黙ってろ!」


「おい!!!」


「いやあ・・すいません!!急にこいつが話しかけてくるものですから・・!!私語は厳禁ですよね!?」


「あ、いや、そうではなくて、エリオス中佐はここで指揮をっておられるのか?」


 二人の新兵は目を丸くした。


 そこには十人ほどの、見るからに屈強で勇壮そうな男たちが、灰色の外套をまとい、行列をなしていたからだ。


「はっ!仰る通りここで、エリオス中佐は総指揮をとられております。」


「ふむ。了承した。では貴下きかのどちらかが、取り次いで欲しいのだが」


 「はっ!では私めが行って参ります。」漆黒の短髪を持つ、木強漢ぼっきょうかんが敬礼し、野営陣地の中に消えていった。


 (こりゃあ、見るからに只者ではなさそうだ・・・。馬廻衆うままわりしゅう(親衛隊)?か何かか・・?此処ここは中堅の軍だからな・・・いや、しかしそれにしても、不気味な連中だ・・。)


 トムは、素性の分からない、大男たちを、眺めるように懐疑的な眸子ぼうしで、見続けた。


 ひときわ大柄な、男と偶々たまたま眼が合った・・・いや、合ってしまったのだ・・・!」


「・・・おい,若僧、わしの顔に何かごみでもついているのか・・・!?」


 暗い、フード付きの外套の下は暗くて良く見えないが、眼窩がんかの中心からは、闘気や殺気といったものが、綯交ないまぜになった闇黒あんこくよどみが感じられた。


「う・・・!」


 完璧に茶髪の色男は,気押され、金縛りにでもったような、感覚にとらわれた。


「御無礼、失礼致しました。どうかこの通りです。御容赦下ごようしゃください!」


 意想外な大声が、その巨漢の背中側から発せられた。


 その場の全員が、その声の主の方を向いた。


 そこには、左の側頭部に膏薬こうやくを塗り、片側の眉に包帯を巻いた、ビル・ローレンスが腰を直角曲げ、頭を下げていた。


「この男は私の儕輩せいはい(仲間)ですが、極めて軽率な所が有り、至らない愚物です。このような詰まらない者と事を構えても、時間と労力の無駄という物です。」


「・・・む、・・・そこまで、言うのなら、もうよい。捨てく。」


 その、巨躯きょくの男はわざと明後日あさっての方向を向き、トムと視線をらせた。


「ちょっと待った!なんで、お前がここに居るんだよ!?」


 普段なら怒りではらわたが煮え繰り返る所だったが、攪乱こうらんされた軍人の様にトムは頭が混乱しているようだ。


「・・・まあ、ヘマをやらかした、エリオス中佐がまた良い上官だったという事が、判明したよ・・・!」


「何言ってんだか分かんねーよ!ビル!」


「まあ、詳しい話しは後だ、ここは戦場だ、今。現在でも最前線は戦死者が出続けているはずだ、しっかり、仕事に集中しよう!」


 ツカツカとビルの近くに寄り添い、耳打ちで話した。暴風雨の音響が、灰色の外套を纏った男たちには、聞こえないブラインドとなっているだろう。




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