第37話

 轟音ごうおんと言って良い程、電霆でんていも空を掛けている。


 反乱鎮圧軍の中堅ちゅうけんにトムと、ジェームスは居た。


 幕舎ばくしゃの中は、薄暗く、燭台しょくだいの灯が明滅しながら、動揺し、背嚢はいのうやスコップ、佩剣はいけん半弓はんきゅう、長槍、手槍等を、照射していた・・・。


 二人は草臥くたびれた、藺草いぐさしとねを敷き、桐油きりあぶらを染み込ませているであろう、公国正式の軍用雨合羽を、かたわらに、ジェームスは折り目正しく、たたみ、トムは浩瀚こうかん渉猟しょうりょうした、獺祭魚だっさいぎょのように散乱させていた。二人の好対照な性格が、この辺にも発現されているのであろう。天幕の地面は曠野あれのの野営地らしく、起伏に富んでおり、短時間でも臀部でんぶ辛酸しんさんめる。


 「衣桁いこうや衣紋掛け《えもんかけ》が有れば、雨合羽も早く乾くかもしれないのになあ・・・。」


 「いい加減な事言ってんじゃねよ、トム、戦場で贅沢言ってられねーだろが!」


 このスクワイア事変ともいうべき、大椿事だいちんじを目前にしても、諧謔好かいぎゃくずきの悪癖は制御不能らしい。


 「・・・天下匡正てんかきょうせいの為、宸襟しんきんを安んじる為、凶賊きょうぞくブライアンを誅殺ちゅうさつせよ・・。か・・・。」


 漆黒の短髪を、背後に後傾しながら、鯁直こうちょくは今朝、緊急集会の上官の訓示を、そらんじて、反芻はんすうしてみた・・・。

 

「魔薬に関しては、万斛ばんこくの解釈が有るのかも知れん・・。しかし、命をひさ斧鉞ふえつ(戦争)で、将士が依存するのはやっぱり、軍隊として健全では無いのかも知れん・・・。」


 この国の肯綮こうけいあたる、宿痾しゅくあを…いや、悪性腫瘍を、寸鉄人すんてつひとす要領で突いた、ジェームスをトムは、注視している・・。


「・・・とにかく開戦の劈頭へきとうかざられる寸前だ・・。戦場じゃあ、贅沢は言ってらんねーんだろ?」


「いや、まあそうだが・・・。」


「まあ、目の前の事に集中しよーや、俺たちは哲学者でもなんでもねえ、所詮しょせん若輩者じゃくはいもの一兵卒いっぺいそつだ。よくも、悪くも。思慮深しりょぶかいのはお前の良い所でも有るだろうが、考えすぎても兵隊は商売上がったりだ。駒は駒らしく・・・。」


「・・・とっとと地獄に落ちるか?無分別に?」


「・・・ちげえよ、勝利の歩武ほぶを信じて前進し、大業たいぎょう翼賛よくさんするのみ!・・だろ?!」


 簡易兵舎ともいうべき、幕舎の小空間に、弛緩しかんした空気が、そよぎ、新規参入してきたかの如くだった。

 

 いつもと、立場が逆になったジェームスは、寛闊声かんかつごえで笑いたかったが、自制した。

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