第36話

36


 空は灰色でにごり切っていた。


 九天きゅうてんから水分が猛烈に落屑らくせつしてくる。


 反乱鎮圧軍の突端とったんをエリオスの指示によって、灰猫傭兵団にすげ替え、前進し、スクワイア監獄まで、1マイルの所まで来ていた。


 エリオスと眼帯の紳士が、乗り込んでいる馬車も停車した。


「・・・所定の位置迄いちまで来たようですな・・・。」


「ふむ。さて私はこれから、単独行動に移ります。」


「行くのですか・・・。」


「はい。それでは失礼致します。エリオス中佐の健闘を祈っております。」


 そう告げると、眼帯の紳士は馬車を降り、付近の鬱蒼うっそうとした森林に向かって駆け寄って、

進入していき、姿を消した。


 (まったく、どんな密命みつめいを帯びているのか・・・。)


 と、一瞬、壮年の陸軍将校は勘繰かんぐったが、益体やくたいい事だと割り切り、作戦指示に頭を切り替えた。


 まず、付近の空き地に天幕てんまくで野営陣地を構築させ始め、そのあとに最前線の灰猫傭兵団のマンソンの野営地の天幕に直接、訪れた。


おそれながら!マンソン将軍!エリオス中佐がおしになられましたが、どういたしましょう!?」


「な、なにい!!???よ、よし、とおせ。」

マンソンは素っ頓狂すっとんきょうな声を上げ、驚嘆きょうたんした。勿論、普通なら自分からうかがうところだからである。当然、エリオスがこの反乱鎮圧軍の最高指揮者なので、不可解だったのであろう。


 この傭兵軍団の長は恐懼きょうくした。エピの事もあったからだ。ただあの少年は糧秣りょうまつの天幕に隠してあるから大丈夫であった。


「久しぶりだな、マンソン将軍。」


「いえいえ、わざわざ御足労ごそくろう、恐れ入ります。本来ならこちらから、挨拶あいさつしに行かねばならないでしょうのに、非礼をご容赦下ごようしゃください。」


「いや、それは良い。しかし何故、遅参ちさんした?」


 まさか、一公国民を誘拐ゆうかいしていたからだ、などとは口がけても言えない。


「・・・、部下が一人、行軍中に足首を捻挫ねんざしましてな・・・。近くに医者もおらず、往生おうじょうしておりました・・・。」


「そうか・・・。」とは言ったが、エリオスの眼は閻魔えんまの様に厳しい。


 無言の空間が支配すると、間を外すように、エリオスが天幕の外を一瞥いちべつし、


此度こたび擾乱じょうらんは分かってる通り、内戦だ・・。その鎮圧である。努々ゆめゆめ、周囲に迷惑を掛けないように、留意りゅういせよ。もし、貴隊きたいが公国民に何らかの迷惑を掛けたことが判明すれば、その時は厳正なる処分が下ることを、きもめいじておけよ!!!」


「はっ・・・。このマンソン、一意専心いちいせんしん、エリオス中佐に奕奕えきえきたる戦功を、挙げられるように、寄与きよ貢献こうけんすることを誓います!」


「うむ、よろしい。貴隊が一番槍いちばんやりほまれだ。一番、犠牲者も出るだろう。だが、軍功第一等を挙げられる可能性も高いという事だ。これはかつて、斬り込み隊に居た私が言うのだ。間違いない!」


「ははー、おっっしゃる通りでしょう。」


「それでは、貴隊の幸運を祈る!!!」


「は、有難ありがたき幸せ!!必ずや、敵をほろぼし、公国のしこ御盾みたてになります!」


「ふむ。それでは失礼する。」


「はっ、中佐もお体をお大事に!」


 エリオスはマンソンと、敬礼をしたのちに、この天幕を後にした。


 その後、この傭兵団長は部下に、入り口を閉めさせ、「なにが、一番槍の誉れだ、元犯罪者を都合よく公開処刑にするようなもんじゃねえか・・」っと悪態あくたいをついた。


 陸軍の佐官の方も、自分の天幕に戻りながら、


(何が、足首を捻挫だ、口から出まかせを言いやがって・・・!)


 と、苦虫をみ潰したような表情を作った。

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