第32話

「ぐむむううううう!!!」


「おい、小僧!静かにしてろ!今、伝令が来てるんだよ!これ以上暴れたら、首を落とすぞ!!」とマンソンの右腕の男が、少年の首に山刀を押し付けてきた。


 マンソンの馬車の中でエピは全身を縄で結わかれており、身動きが出来ないでいた。ただ、車外が騒々しい。


 金髪の長髪を脊椎せきついに接触させているほどの伝令が、兜を小脇に抱えながら、マンソンの前にひざまずいている。


「マンソン将軍、兎に角、一刻も早くスクワイア監獄に進発しんぱつされたし、このような所で野営してる場合では無いはずです!」


「分かってる。分かってる。もうじきにココを出立するよ。」


 あきらかに、まともに相手にされていない雰囲気が、マンソンと、ビル・ローレンスとの間に醸成じょうせいされている。まるで、トム・アンダーソンと会話している様だった。


 激越げきえつな怒りで目の前が真っ白になりそうであったが、この青年の伝令はなんとか、辛抱しんぼうしている。


 すっと立ち上がり、腕を組み、ふくろうあぶり肉を、ついばんでいる将軍(首領?)と同じ目線になった。


「・・・僭越せんえつながら、エリオス中佐に烈々れつれつたる言葉を、小職は掛けられています・・・。どうか、破釜沈船はふちんせんの決意で、今すぐ進発して頂きたい!!!」


 厳しい風雨の中、雨宿りしていた野鳥が、付近の樹木から飛び立ち、夜走獣やそうじゅうが下生えから、走り去り、近くの池の鱗(いろくず)達はビルとは真逆の方向に泳ぎ始めた。


 それほどの大きな怒声であり、マンソンの配下たちも、一様に冷や汗をかいた。


 流石にマンソン自体も炙り肉を武者振むしゃぶる手が止まり、ビルの両目を凝視してきた。


一秒・・・。


二秒・・・。


三秒・・・。


「・・・良し!野郎ども!!準備するぞ!!!スクワイア監獄に向けて出立だ!」


 このどうしようもない首領はこれ以上の人攫ひとさらいを諦めたようだ。周囲の蒼氓そうぼう(民衆)たちには、平穏が訪れたと言って良いだろう。


(まあ、一人、餓鬼は調達できたしこれ以上の遅滞は、無理だろうな。今回は諦めるとしよう。一人でも童僕として売り飛ばせば、相当な額になるしな・・・。)


 この中年のインチキ将領の底意そこいまでは、み取れなかったが、まともな事は考えて無いな、とビルは勘繰かんぐった。


 マンソンの隷下たちに頤使いしするように、命令を出し、行軍の前段階の作業に入る。それを金髪の伝令は、監視するように眺めている。


 その視線に気づき、マンソンは質問した。


「・・・お前は伝令だろう?すぐに持ち場に戻らなければならないんじゃないか?」


「・・・おっしゃる通りですが・・・今回はマンソン軍とともに行軍致します・・・。」


「それでは、軍法会議に掛けられるぞ!」

 

 勿論この男に言えた義理などないのだが、「でしょうね。明らかな軍規違反ですからね。でも仕方ないです。剔抉てっけつして指弾しだんしたければ、勝手にして下さい・・・。」と開き直った。


「ぐ・・・。」


 マンソンも二の句が継げない。この生意気な青二才は思ったより、はらわっているようだ。

 

 相変わらず編隊まで、たどたどしく兵装もマチマチな、軍団はグダグダと隊伍を整え始めたが、やはりもどかしい。


 若輩者の伝令が帷幄いあくの中の第三席に相当する、軍目付いくさめつけ手前勝手てまえかってに変わるという、狂気の沙汰を経て、ようやく灰猫傭兵団はスクワイア監獄に向けて進発した。


 嵐は無駄にこの隊が呼んだのかも知れない。

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