第31話

31


エリオスは馬車の車窓から、外を眺めていた。


 のべつまくなしに雨音が四頭立ての馬車の天井を、たたくく。先ほどオーヴィル公から直属の下命かめいが来て、最前線で指揮をれ、とのことだったので、それに従う。配下の将卒は2800人。それに、灰猫傭兵団が250人合計約3000名、さらに腕利きの魔薬異能力者が最前線に約10人配置される予定だ。まず、この内紛ないふんは鎮圧されるだろう。


(ブライアン・・・グレコ大佐・・・。最期さいごは武人として、美しく散華さんげするのが、良いか・・・。)


「流石に複雑な思いですか?」


 向かい合っている席に座っている、眼帯の紳士が聞く。相変わらず、異常といっても良い程の落ち着きぶりで、堅物かたぶつの陸軍中佐の顔をのぞき込んで、聞いてきた。


「はい。勿論です。最早、彼等とは袂別べいべつしたと割り切らなければ、仕事にはならないのでしょうが、ナカナカ至難ですね・・。」


「お察しします。同じ釜の飯を食い何度も、釜中ふちゅうの魚(危機)にもなりかったほど死戦したでしょうから・・・。いきなり敵、味方に分かれ攻伐こうばつし合わなければならばいとは、因果いんがな物です。」


(それは、公国軍部上層部や外戚がいせき、政治家、官僚たち、そして魔薬にも責任が有る・・・。)

と思ったが、口には出さなかった。


「ところで、貴方には思い入れのある、上官の方や部下はいらっしゃらないんですか?」


「はあ、まあ、それなりには・・。しかし今は少しでも早く、この内乱を鎮圧する効率的な方法を、思案した方がよろしいのでは?」


(また、話を、はぐらかせたな・・・。)


と、エリオスは思ったが、この紳士のいう事はもっともなので、それ以上は追及せず、放置した。


卒爾そつじながら!卒爾ながら!」


馬車の扉をたたく音がした。

「エリオス中佐殿!斥候隊せっこうたいから伝令ですが、定刻になっても灰猫傭兵団が着到しない模様です。どうされますか?」


「な!なんという!この一大事に!遅参ちさんする気か!?何のために日頃、金で飼っていたのか!」

片目の紳士も流石に嘆息たんそくする。


「どうするもこうするもない。とっとと指揮官が激怒してると、通達してこい!!何か論駁ろんばくしたら、尻を蹴っ飛ばしてでもいいから、大至急連れてこい!!」


「は!了解しました。それでは、失礼致します!」


「大変ですな・・・。」


「貴方には、信じられないでしょうな・・。公国の藩翰はんかんとして機能してきた遺贈いぞう・・。」

「おっと、それ以上はご容赦下さい。」


「・・・本当に何から何まで秘密主義ですな・・・。」清濁併せいだくあわむ度量の職業軍人は鼻息で、ため息を作った。


「すみません。誰が聞いてるか分からないので。ただ、称賛して頂いたのは有難いです。しかし、一源三流いちげんさんりゅう(国の為に血を流し、家の為に汗を流し、友の為に涙を流す)をむねとする公国軍人ではありえませんな。」


「・・・いきなりで申し訳ありませんが、私は公国の天壌無窮てんじょうむきゅうを信じます・・・。ある亡国の古いことわざで、国家の為に血を流す覚悟の無き者は国民に値せず、というのがあり、それが私の座右ざゆうめいです。」


「素晴らしい。まことに素晴らしい心意気ですな。灰猫傭兵団は沿革えんかくからいわくつきでしょうから、彼らにあまり高次元な事を望む必要は無いでしょう。ハッキリ言って仕方無いです。」


「そうでしょうな。」と呟き、エリオスは胡乱うろんな眼で、隻眼せきがんの壮丁を見つめた。


 その視線を外すように、窓の外の百年松を見ながら、自称実業家の男は、アレは街道の分岐点ぶんきてんの老松だから、スクワイア監獄まではもう少しだ、と車窓しゃそうの外を指差しながら、発言し、話題を変えた。


エリオスの猜疑的さいぎてき黒瞳こくとうは、そのままであった。


 車外は松籟しょうらい山颪やまおろしのように吹き、雨は横殴りになって来た。


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