第3章 公国の黙示 (こうこくのもくし)

第26話

26


 眼帯の紳士の歩みは全く自信に充溢じゅういつした物だった。


 リードされて行くエリオスがまるで飼い犬の様に情けない。この陸軍中佐に救いがあったとすれば、眼帯の紳士の方が、数年、年長と誰しもが思うところだろう。


 陸軍参謀本部の回廊かいろうには、決して大国では無いが、数々の美術品が修飾しゅうしょくされていた。

蛟龍こうりゅう彫像ちょうぞうびょうたる孤島の油彩画ゆさいが、鳳凰の寓意ぐういのモザイコ画、いろんな表現が氾濫はんらんしていたが、エリオスの眼には普段はほぼ、主張を無視されていた。

 ただ、現況には無駄に情報元としてかまびすしく感じていた。


 しばらく歩くと、地下への階段を降り、そこの突き当りの部屋の前で、初めて、眼帯の紳士を、壮年の将校しょうこうは追い越した。


 この部屋の鍵はエリオスが持っているからである。

 

ガチャ、ギーーーーーツ

 

 部屋の中には先ほどの会議室のような円卓えんたくがやはりあり、廊下と同じ様な装飾の調度ちょうどなどがけんを競っていたが、陸軍中佐と実業家を名乗る眼帯の紳士の、視神経にはもう届かなくなっているようだ。


 エリオスが内側から、鍵をかけ、二人は一番奥の円卓の椅子に腰を掛けた。


 長髪の中佐がうつむき加減に口を開いた。


「・・・あなたが来られるとは、予想しませんでした。もし、先程の会議室の軍人や軍属に顔を知っているものが居たら、どうするんですか。」


「そこは、完璧に調査済みなので、ご心配には及びません。」


「まったく,められたものですな。陸軍参謀本部も・・。調査済みとは・・。世間から失笑しっしょうされますな。」


「まあ、気にしないように。それよりも今回のスクワイア監獄での事案ですよ。」


「そうでしょうな。ブライアン軍曹は元は私の部下で、グレコ大佐は元上官ですね・・。」


「はい。それももう調査済みです。」


 眼帯の紳士の見開かれた、隻眼せきがんは鋭い。まるで水面みなもに浮かぶ夜光虫やこうちゅうの様だ。


 エリオスは息を飲み、恐る恐る質問した。


「二人の生命はどうなるのでしょうか。」


「分かりません。ただ、場合によっては、奪わなくやもしれませんね。」


 中佐の脳幹のうかん飛瀑ひばくに打たように萎縮した。

「いや、しかし、中央からの下命は捕縛ほばくの筈!。」


「おっしゃる通りです。しかし我々は昔から、謀殺ぼうさつ密殺みっさつも職分としてきましたので。」


「しかし!」


 自称実業家の男性が遮る。


「おっしゃりたいことは分かります。なんでもかんでも権柄尽けんぺいづくでは、政治でも軍隊でも、上手くは行かないでしょうね。」


「分かって頂けるなら、有難い。正直な話、今回の事件はブライアンだけが、悪いというのは、あまりにも釈然しゃくぜんとしないのです!」

珍しく、硬派な将校は感情的な発言を咽喉のどから吐き出した。


 二人の男は、人間として意志が疎通そつうが出来たのかも知れない。


「あなたは、この事案が発生する、少し前にスクワイア監獄でブライアン軍曹と接触してますね?そこで何をしましたか?」


「彼が何度も悪戯いたずらのように、監獄に出入りするのでもっと、自重じちょうしろ、そして部下に率先垂範そっせんすいはんせよ、などと言い、グレコ大佐と面会させました。」


「なるほど。やはり、ブライアン軍曹はグレコ大佐を兄のようにしたっていたと。」


「そのとおりです。前大陸大戦では最前線で死闘を繰り返していましたから。」


「その時、エリオス中佐は、グレコ大佐の副将でしたね?」


「はい。その通りです・・。しかし、私は魔薬異能力者ではないので、参謀さんぼうみたいな立ち位置でしたね。」


「ふむふむ。公国陸軍内でもエリオス中佐は神算鬼謀しんさんきぼうの名軍師として、名高いですね。」


「ははは、そうですか。まあ、数年前から平和になったので、もはや意味のない肩書ですな。」


「そうでもないですよ。一朝事いっちょうことあって、、こういう事案が発生した場合、鞠躬如きっきゅうじょとして立ち向かう将校は、稀有けうな存在です。これからも公国陸軍軍人の亀鑑きかんとなって頂きたい。」


「話が脱線してませんか?私のことなどよりも今は・・。」


「失礼、兵は拙速せっそくとうとぶですね。蛇足だそくでしたか・・・。ときに、フェルナンデス伯爵をどう思われます?エリオス中佐。」


「・・・ここだけの話ですが、伯爵は不佞ふねいの俗人です。薨去こうきょされるまでに高遠な事業を、黔首けんしゅ(民衆)のために成すとは思えません。」


「・・・でしょうな。身罷みまかまでに蓄財と散財に血道ちみちを上げ、荏苒じんぜん無為むい)に過ごすだけでしょうな・・。」


「・・・いろいろどうもありがとうございました。事情はよくみ込めました。我々、公安警察も行動に出ねばなりません。」


 片目の紳士は席を立ち、帽子を胸に当て、頭を下げた。


「・・・あなたは今回の事件どっちの人間として動くのですか・・・?」


 紳士の背中に向かってエリオスが問う。


「状況に応じてですね。公安のトップとしてか、遺贈者いぞうしゃの元、トップしてかは・・・。」


 地下室は社稷しゃしょく温気うんき淵叢えんそうとした魑魅すだま蟠踞ばんきょしていたが、何故か、颶風ぐふうとも呼べる

 辻風つじかぜが眼帯の紳士を濫觴らんしょうとして、勃興ぼっこうし、総攬そうらんし、魍魎もうりょうどもを、覆滅ふくめつさせ、神韻縹緲しんいんひょうびょうたる大気が支配した。風天ふうてんの異能は不可能を可能にするらしい。

 

 陸軍参謀本部の外はいよいよ、驟雨しゅうう沛雨はいうに変わっていく過程であった。雷公らいこうにも異能はあるらしい。

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