第25話

25

  数日前まで,春風駘蕩しゅんぷうたいとうとしていた日もあったが、現在はそれが嘘のようである。

 

 「あ、雨だ。やっぱり降ってきたね。兄ちゃん。」


 「ああ、。この曇り方なら来ると思ったよ。まだ俄雨にわかあめって感じだが・・・って言うか、アイバァのヤツ遅いな・・・。」


 監獄から少し離れた、翠嵐すいらん汪溢おういつし、鬱蒼うっそうとした草莽そうもうの中に二人は身を隠していた。

 

 「そうだね。どこで油売ってるのかね?お姉ちゃん。」


 「自分からあんだけ、用心棒代を吹っかけておきながら、まさか、勝手に失踪しっそうするとか・・  ないよなあ・・・。片頭痛がしてきた・・。」


 フェーデが側頭部に手をやった次の瞬間に、前頭部にも激痛が走った!

「痛え!なんだ?ひょうでもふってきたか!?」


 「雹じゃないわよ!小石よ!」


 自然、アイバァが近くの、小さな岩山から、ほうった小石がフェーデの眉間に、ぶつかったのだ。


「だっさいわねえ!あの時のブライアン軍曹みたいに余裕かましなさいよ!」


「・・・あれ?お姉ちゃんあの時、どっかで見てたの?」


「あ・・・あ、実はね、野次馬として後ろ方で見てたのよ・・!」


(この馬鹿女が口を滑らせやがって・・っていうかひたいがマジで痛え・・!)


小柄な若者が心中で毒づく。


 「・・・と言うか、アンタ、用心棒代ふっかけるって、言いたい放題に言ってんじゃないわよ!」


 「そんなことより、監獄に偵察ていさつも兼ねて見に行って来たんだろ?首尾はどうだった?」


 長躯の若い娘は、青年に近づき耳打ちした。無論エピに聞こえないようにする為である。


「あれは相当マズい状況ね・・。・最低でも数十人規模で死者が出てるわ。」


「本当か!?じゃあ、ここからさっさと、離れないと!」

と瞬時に切り返したが、いつものようにフェーデはあわてふためかない。


「・・・アンタって本当に変よね、さっき小石をぶつけられた時の方が、動揺してたわよね・・。普通、こういう凶報きょうほうを聞いた時の方が狼狽うろたえると思うんだけど・・。」


(そうだ・・。なんか感情が主客逆転しゅきゃくぎゃくてんしてるのかな・・俺・・、昔はどんな人生を送ってた人間だったんだろう・・。)


「まあ、それより今はとっとと、ここから離脱するのが先決だよな!」


「・・・流石に今回は同意するわ。雨も降ってきたし、獲物も充分だしね。ここに留まる理由は無いわね。」


 二人はエピの方を振り返り、今日はもう洞穴どうけつに戻ろうと合図した。


 驟雨しゅううはまだ、淋漓りんりとしては降っては居ない。


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