第24話

24


 滂沱ぼうだたる雨が降ったあの日以来の、曇天どんてんが支配していた。靉靆あいたいとした瘴気しょうきがスクワイア監獄を覆っている。

 かすかに幾筋いくすじかの光が雷師らいしの、たわむれで残存しているに過ぎないかのようで、最後の光暈こううん優曇華うどんげの花のように貴重である。

 対をなす風伯ふうはくがその花を膺懲ようちょうしてしまえば、竜攘虎搏りゅうじょうこはくの土俵が現出するかもしれなかった。    

  

 監獄の中庭に、長身の男と容貌魁偉ようぼうかいいな生物が、兀立こつりつしている。 

 

「覚えていますか、グレコ大佐。隣邦りんぽうの一個分隊を貴方は丸太一本で蹴散らした。あんときゃあ、凄かったですね。」

 

 胸倉からダガーを取り出し、近傍きんぼう二抱ふたかかえは有る、 一本のけやきの木に男は歩を進めていく。

 

「グゥウウウ・・・・。」


 グレコ大佐と呼ばれた大型生物は、右手で左の肩口をさするような仕草をした。


 「覚えてましたか。そうそう。あの時は大佐は、投げ槍で左肩を貫かれたんでしたね。結構な深傷ふかでで。」


 一旦、グレコの方を向き、欅の木の下で、ブライアンはしゃがみ、短剣を紫電一閃しでんいっせんさせ、根元から両断し、何百キロは有るだろう大木を片腕で肩の上にヒョイと抱えた。


 そのまま、枝の方を自分の体に引き寄せ、地面に一番近い枝の部分からまた、九寸五分くすんごぶほどの刃物で輪切りにした。宛然えんぜん、サーカスの軽業師のような手筈であった。


 「これが、グレコ大佐の武器です。」と即席で製造し手渡した。部下からかつての上司への愛情の籠った、贈り物だが現状では余りに血腥ちなまぐさい。

 

 元壮年将校は右手で、ムンズとプレゼントを握りしめる、右腕の前腕の諸筋しょきんと指の屈筋群の握力の数値は数百キロから数千キロなのだろうか。途轍とてつもない程、という事だけは確かであろう。

 

 ブライアンと違いグレコの方は完璧に魔薬中毒患者なので、魔薬異能力は発現しており、ドットの漆黒の紋様が浮き出ている。

 

 この自我を失念しつねんした偉丈夫いじょうふは6フィート10インチ(約2メートル8センチ)ほどの巨躯きょくを上手く操縦できない危うさを秘めている。今はブライアンと言うかつての部下が手綱を締めているので何とか、制御可能の様だが。


 二人の公国陸軍軍人はこれから、戦場と言う名の死地の数年振りに、舞い戻るが、前大戦では護持ごじした公国国民も巻き込むかもしれぬ、前衛で死戦しせんを繰り返したが、修羅のちまた徒花あだばなを咲かせただけだったかもしない。


 世間の外連けれんさ、尾籠おこさ、慮外りょがいさ・・・没義道もぎどうとはこういう事か、と少壮の軍曹は思いを巡らせてみた、そして恐らくはそう長くない未来に地獄に落ちるのに、何をあれやこれやと考えてるのかと、下らなくなり、思考を自ずから停止させた。


 監獄の大地は晦冥かいめいであったが、二人の公国軍人は、韜晦とうかいし、佯狂ようきょうとも言え、第三者の眼には揺籃ようらんからの赤心せきしんを持った、清廉潔白な武人に映るのかも知れない。


 そして風伯ふうはくが、最後の優曇華うどんげの花を膺懲ようちょうし、徒花あだばなとなった。


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