第18話

16


 このスクワイア事変、とも、言うべき、事態はどんどん、伝書鳩、伝馬などで、オーヴィル公国全体に拡散していった。

ブラックタートルの太守、フェルナンデス伯爵はくしゃくは血の気が引き、一瞬、喪神そうしんしてしまった。


幸い、数分で意識は回復したものの、その後もベットに寝込んでしまった。

 

なんの、労苦も知らず、壮年を過ぎたこの、素封家そほうかは、剣林弾雨けんりんだんうの戦場を駆け巡ったブライアンのような男の行動原理は到底、理解が出来なかったのだ。


 自然じねん、ブライアンと言う、最早、公国にとって逆賊と、成りおおせた人間を誅殺ちゅうさつする組織を編成せねば、ならなかったが、おそきにしっしたのは言うまでもない。

  

17


 ビル・ローレンスは何度も何度も馬腹を蹴った。もう疲労で脚の感覚が無くなって来ている。

先程、エリオスていに飛び込んで来た金髪の伝令は、やはり、この男だった。

 彼の、愛馬は悍馬かんばではあったが、勇猛であり、頼りになる。

 途中、何度も振り落とされそうになったが、そのぶん、体力は有り余っているのであろう。

 心強い限りである。

親友というよりは畏友いゆうと言った方が正しいだろう。


 (そういえば・・・ジェームスとトムはどうしてるのか?)


 漆黒しっこくの髪と、瞳を持ち、頑丈な胸板を、その下に携えており、その生命全体を管掌かんしょうしている、精神は、一刻者いっこくもののジェームス・タイラーも又、畏友であった。


 軟派で、剽軽ひょうきんだが、所々で警抜けいばつを与えてくる、トム・アンダーソンは悪友と言うほど酷くは無いが、盟友めいゆうではあるだろうとも、勘考かんこうしてみた。


 少し時間が経過し、人心地ひとごこちがついてきたんだな、と自分で自分を安堵させた。


 いや。安堵あんどしたのだと、自己暗示にかけたのかもしれない。

この、経験の浅い兵士は、戦時を生き抜いてきては、居ない。事実上今回、派兵されれば、初陣ういじんとなる、はずだ。

だが、このまま行くと公国内の共食いに参戦せねばならないのだろう、と思うと、バカバカしく感じるのは、仕様がない。 

 

なんとも、複雑な気持ちである。

(しかも、武装蜂起したのは、あの横紙破よこがみやぶりの、ブライアン軍曹らしいしな・・・。)

正直、嘆息たんそくする。


 数週間まえの、白兵戦の訓練でズタボロに、やられた相手だ。

(彼の強さは、骨身にみている。しかも、魔薬異能力が発揮されていない状態でだ。おそらくこの内訌ないこうは、鎮圧されるだろうが、討滅隊とうめつたいもかなり甚大な被害を被るだろうな。)

懸念事項が次から次へと、湧き出てくる。


 今は、時が惜しい。わずかな時間がどちらかの、死命しめいを制する事になるだろう。

辺りの、喬木きょうぼくの街路樹は凄まじい速度で、後方へ吹き飛んでいく。 

 また、馬の腹に、拍車を何度も接触させる。


18


陸軍参謀本部はとんでもない朝を迎えている。 


 武官、文官、が入り乱れて、跫音あしおとが構内に響いている。


「しかし、大変な事になったな。


「兼ねてから、問題行動が多い、下士官だったが・・・。」


「血気にはやるような、年齢でもなしな・・・。」


「この資料を見る限り、今年、34才になったのか・・・。普通はもう、分別盛ふんべつざかりだよな・・・。」


「普通は・・・。な・・・。」


一同の溜息が漏れる・・・。


 「五年前の第四次大陸大戦では、もっとも、消耗率の高い部隊に、いたようだな。」


 会議室の中は、陰鬱いんうつな空気で満たされてしまっている。

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