第12話

「・・・おい、娘!お前のとなりの若者をこちらに引き渡せ!そうすれば、お前とその餓鬼がきの命の保証ほしょうはしてやる!!」


 ドスのきいた塩辛声しおがらごえがアイバァ達の鼓膜こまくを、振動させてきた。

 

「・・・貴方達あなたたち、秘密警察の連中ね・・・!!!私が馬につながりが有ると判明した瞬間に、射殺いころそうとするなんて・・・!!!一体どうなってんのよ!!この国の警察機構は・・・!!!」


 珍しく、アイバァが声をふるわせながら、吠えた。ただ、いつも通りなのは、質疑応答になっていない。しかし、何故、フェーデの身柄みがらが必要なのだろうか?


 「おい!!無駄なおしゃべりはよせ!!!俺の訊問じんもんだけに、答えろ!!!」

 

 「良いわ・・・。私が莫迦ばかだったわ・・・。秘密警察に対して、あんた達は秘密警察でしょう?と、いたところで「はい、そーです。」と、答えるワケが無いものね・・・。」


 相手は押しだまってしまった。苦悶くもんしているのであろう。

 

 アイバァは、さらに容赦ようしゃ無く続ける。


 「・・・沈黙は私の推察すいさつが的を射ていると思って差し支えないわね・・・。」


 「・・・同じ事を言わせるな!!!お前は俺の質問にだけ、答えれば良いんだ!!!さあ!!!どうするんだ!!!もし、断るならお前達、全員、針鼠はりねずみになるだけだぞ!!!」

 

 フェーデは雌伏しふくし、事の成り行きをうかがっている。爛春らんしゅん下生したばえの匂いが心地良いが、事態は焦眉しょうびきゅうである。


 ただ、どうしてであろう???この火急かきゅうの危機に、自分の心は震駭しんがいしようとしない。ブライアンとの一件の時もそうであった。

 

 どういうわけか、俺の精神は狼狽ろうばいしない。


 (生きたいと思うから死にたく無い。)


 (死にたくないと思うから生きたい。)


 この二つは動物としての人間の原始的部分であって、 氷炭ひょうたんの様に相容あいいれない筈だ。


完全に自己撞着じこどうちゃくおちいってしまっている。


 記憶が脱落する前の俺は一体どんな人間だったのだろうか?


 何故、俺は死ぬことに関して、こんなににも鈍いのか?


 この事象じしょう利鈍りどんは、宇内うだいの生物が持つ、永遠の、文字通り(?)命題といって良い筈だ。


 宗教家がいかに、「大悟徹底」《だいごてってい》、「開示悟入」《かいじごにゅう》等とのたまってみても、望蜀ぼうしょく妄執もうしゅうに駆られ、俗塵ぞくじんにまみれて行くのが、碌々ろくろくたる人間である。


 山高水長等さんこうすいちょうなどという精神状態は極端過ぎるのである。 


 兎に角、現況を打破しなければならない。さあ、どうしたものか。


「・・・こんな、快晴の日に血の雨を降らせようっていうのは、素晴らしい冗談よねぇ。・・・良いセンスしてるわ・・・あんた達。」


 フェーデはやや、安気になって来た。アイバァ特有の痛烈な、皮肉の様な冗談が、出て来たのである。しかし・・・何故、俺は安堵あんどしてきたのだろうか?自分の命など、腐った肉を吐き出すように、拘泥こうでいしないのか?


 ウィットに富んだユーモアが好きな若年の女騎士は、口角の両端に猟犬りょうけんの様なしわを見せた。法令線ほうれいせん玉膚ぎょくふの谷が出来上がる。


 何かが吹っ切れたのだろう。


 いや、何かが吹っ切れたと言うほど、彼女は年輪を重ねては居ない。

 

 この場合、何かを吹っ切ったという方が正しい。


 エピの脳裏に投影され続けた、正義の味方の白金の騎士は、今、地獄の使者の様な冷然とした微笑ほほえみをその口唇に浮かべ始めている。


 一方、エピは身を屈め、瞑目めいもくし、耳を両手で塞ぎ、ブライアンとの凶事まがごとの時よりも、身震いが止まらない。


 幼年のみぎりの、一方的な暴虐的ぼうぎゃくてきな恐怖は果てしなく、暗い影を落とすのは仕様無い事なのだろう。又、自分の無力さを痛切に感じずにはいられない。


 「針鼠はりねずみにね・・・。でも、その前にあんた達の方がなますになってるかもしれないわよ・・・。」


 アイバァは片膝立ちになり、自身の胸元に手をやると、一粒の浅黒い物体を取り出した。


 「良い?・・・エピ、・・・フェーデ、じっとしててね。ここから私は・・・ちょっと上品じゃ無くなるからね・・・。」

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