第9話

10


 「いらっしゃい!いらっしゃい!」新鮮しんせんなお野菜、梅干し、甘酒、お弁当、いろいろ取りそろえていますよ!どうぞごらんにってってください!」


 露店ろてんの店主のハスキーヴォイスが、ひびき渡る。が・・・

その屋根は半分ほど損失していた。 

昨日のバケツを、いや、下手な公衆浴場ひっくり返した様な、大豪雨のせいであろう。

 

 しかし、欲得よくとくの固まりの商人達は図々ずうずうしいと言うかたくましいのである。

 中心部の大通りの近くではないもの、普段ふだんはそれなりに人通りがあるのだが・・・。


今日はまばらで、さっぱりである。


 半分を損失したのは屋台やたいだけでなく、今日の売り上げもかもしれない。


 しかし、そこに一人の紳士しんしが主人に向かって声を掛けてきた。


「おい、お兄さん、相変わらず、何屋かわからんなあ、君の所は・・・。」


「まあ、万承よろずうけたまわそうろうですね・・・お客さん。それで、今日は何をお買い求めで?」


「では、いつものその弁当をひとつ。」


「はい、毎度あり。500テスコになります。」


「なに!?いつも400テスコだったじゃないか!?」


「すみません。昨日の猛烈もうれつ大嵐おおあらしのせいで、みんな今日は冬眠からさめた動物のように、外出するかと思ったんですが、全く逆で・・・、住居の修繕しゅうぜん作業とかで、追われてるんでしょうかね?」


「なるほど、それで利益が出づらいから、少し値上げしたというわけか。だが・・・私はこの弁当は買うが、あまり極端きょくたんな事はしない方が良い思うぞ。社会的な信用を失うかも知れないからな・・・。」


「はい、ご指導、ご鞭撻べんたつ、有り難う御座います。では、1000テスコのお預かりで・・・・・・。500テスコのお返しになります。」


 そして、その紳士はきびすを返し、どこかへと立ち去っていった。

店主はカウンターに背を向け、1000テスコ札を木製の集金箱の中に入れた時に、左手の甲に赤い糸屑いとくずが付いているのを発見し、近くのゴミ箱に捨てた。


 そして振り向くと、新たな来客が居た。


 星がかがやく夜空の様な漆黒しっこくの髪と、瞳をもつ、10歳位の少年だった。


「こんにちは。兄ちゃん、今日はお客さんが全然だね。」


「はっはっはっ。相変わらず口が悪いな、エピ。まあ、事実だから仕方ねーが。」


「所で今のおじちゃん、誰?なんか随分とえらそーな人っぽかったけど?」


「・・・ははは、お金持ちの実業家の方だよ。そんな事より、今日は何を、言いつけられてきたんだい?」


「キャベツ2つとルッコラを頂戴ちょうだい!。」


「毎度あり、いつも有り難うね。全部340テスコだよ。今日はサービスで・・・」


 ・・・っと言うと、店主はリンゴを一つ買い物袋に入れた。


「うわ、サンキュー、大好きだぜ!兄ちゃん!、はい、丁度だよ!!」


「では、確かに丁度、340テスコ。はい、品物だよ。」


「じゃあね!!兄ちゃん!!」


 エピは余程嬉うれしかったのだろう。急激きゅうげきに振り向き、走り出そうとした次の瞬間に、事件は起きた。


 バッターーーン!!!ビッシャァーーー!!!


 通行人とエピのからだが激突し、地面に転がり、購入こうにゅうしたばかりのキャベツの上に、その通行人の若者の持っている液体が降り注いでしまった。


 「痛たたた・・・。あ!キャベツが・・・!」エピは戸惑った。


 「あ、痛たた・・・又か・・・。」


近くの若い娘が半開きの眼で口をとがらせて、あきれ返ったように、嘆息たんそくした。


 「・・・また同じような失敗して・・・。あんたってホントに間抜けよぇ・・・。どうすんのよ、この子のキャベツ・・・。甘酒がひっかかちゃったじゃない・・・。」


  若者は訥々とつとつと謝罪しようとした・・・。


 「ごめんね、僕、この人が下らない事で、ムキになるから・・・あれ!!??」


 若者は刮目かつもくした。エピの顔からも怒りの色よりも驚きの色の方が、強調されていく。その2人を睥睨へいげいしていた若い娘も、眼を丸くし始めた。


「あっ!!!あの時の!!!」


 3人が同じ言葉を咽喉のどから発射した。無論むろん、若者はフェーデであり、娘はアイバァであるが、その時、その3人の感覚で、この世はその3人だけで、造化ぞうかされたかと思われた。


 しかし、この時、この顛末てんまつ仔細しさいに、観察していた人間が居た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る