第8話



ギギギィィーーー!!!ガチャーーーーーン!!!!!


巨大な鉄塊てっかいの門扉が閉まっていく。中佐と軍曹は敬礼けいれいを五秒間続け、


「では、グレコ・ローマン大佐殿。失礼致しました。」


 と大声で叫ぶように言った。


 2人は、壁にけられた篝火以外に光りの無い、先程の通路を復路として歩み始めた。重々しい雰囲気は一層重篤いっそうじゅうとくになったようだ。気まずい空気の中、エリオスが語り始めたのだ。


「・・・これはお前のためを思って言うのだが・・・極めて遺憾いかんだが・・・、今の、グレコ将軍の状態を・・・治癒ちゆできる方法は無いようだ・・・。」


 突如、一方の跫音だけが、地面から虚空こくうに消えた。


「・・・今、なんとおっしゃたのか・・・?」宏壮こうそうな大胸筋と肩胛骨けんこうこつ、三角筋などで


 構成されている双肩そうけんが小刻みに震えている。


 凄絶せいぜつ聳動しょうどうが、軍曹の6フィート1インチ(約185センチ)の長躯を伝播でんぱしてるようだ。声帯も例外でなく、呂律ろれつも怪しくなっている。


 もう片方の跫音もすぐさま消えたが、中佐の声は完全な静寂せいじゃくという、無惨むざんな効果音とともに、復路ふくろの前方に発現はつげんし続けた。


 グレコ・ローマンと云う暴虎馮河ぼうこひょうがの猛将の幕下ばっかで、次席じせきに当たる裨将ひしょうとして、燦然さんぜんたるいさおを立てた英傑えいけつでも、今のブライアンと、眼を合わせながら話す程の、胆力たんりょくは無いようだ。

 

エリオスはほぼ同じ内容の事を反復はんぷくしてしゃべった。親が暴れん坊の少年をあやすように。さとすように・・・。

 

 しかし・・・、左斜め後ろから感じる、異様なほどに溢泌いっぴつしたような、殺気と。赤黒く怒張どちょうした筋肉の収縮しゅうしゅく音、伸展しんてん音、全身を熾烈しれつな高温高圧の様に、駆けめぐっているであろう血液が運んでいる、武張ぶばった心臓音・・・。

 

 そして臼歯きゅうしきしむ音・・・。握力の限界を超え、爪が銘々めいめい起始きししている指の付け根の皮膚を喰い裂くような音・・・。ブライアンはまさに怒髪天どはつてんく思いであろう。


「・・・ぅぐぐぐぅ・・・なんという・・・ある程度、覚悟はしていたとはいえ・・・!」


 文字通り、ブライアンは怒りをみ殺そうと、野性に対し理性で抗命こうめいしていったが・・・。

 抵梧ていごしている双方の心の衝突音ですら、エリオスの左斜め後ろに仁王立ちしている巨体の怪漢かいかんから、聴覚にうったえてくる様なのである。


 元、上司はまだ正面を凝視ぎょうししている。厳密にいうと凝視し続けるしかないのだ。元部下の悲憤慷慨ひふんこうがいしている姿は、不憫ふびん過ぎて見るにえないのである。


 エリオス自体もやり場の無い怒りが込み上げてきている上に、呻吟しんぎんしている。何なのだこの国に猖獗しょうけつきわめている、魔薬という代物しろものは。


 こいつが、全ての、諸悪の根元ではないのか?


 こいつのお陰でこの国は自存自衛じぞんじえい出来たと、長上ちょうじょう達は口をそろえていたが・・・?


 ここまで、極端な副作用ならば、いっそオーヴィルなど、どこかの大国に隷属れいぞくしてれば良かったのではないか?

 まさに、獅子身中しししんちゅうむしというジレンマにおちいってしまっているではないか?


 五年前の大陸大戦の為に、オーヴィル公国の版図はんとは全盛期の三分の二程度まで縮小してしまっている。


 フェンダー大王国でも、ゼマティス神国でも、ギブソン帝国でも、モーリス連合共和国でも、併合へいごうされてしまえば良いのではないか?


 強国に帰服した方が、難しい問題も一挙に解決するのではないか?

この、魔薬という名の怪物が、この国の国防、軍事に桎梏しっこくとして、噛み付き、流血が止まらず、国家、国体を失血しっけつ死させ、命運が尽きようとしているのではないか? 


 一人の武人として明らかな危険な思想なのだが、塗炭とたんの苦しみから、この無辜むこの武夫を救恤きゅうじゅつすることはできないだろうか?

 

 誰か・・・誰か・・・誰か・・・このオーヴィルの行く末を・・・。気が付けば、嗚咽おえつが止まらない。


ブライアンもエリオスも肝脳地かんのうちまみる思いだった。


 野外は相変わらず、天変地異てんぺんちいのようにくるっている。その日の降雨量は史上最高とも史上最悪ともいわれ、オーヴィル公国の領土には、平均の1ヵ月分に達したという。   


 跼蹐きょくせきとも言える状況で、百辟ひゃくへき百黎ひゃくれい血涙けつるい紅涙こうるいが降ったのかもしれない。



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