第7話



「おう、フェーデ!今日はすごい天気だったな!」


仕事仲間の先輩のバッカスが声をけてきた。


「そうですね。おかげで全身びしょれですよ・・・。本当に参りましたよ。」


「ははは、まあ、そういう日もあるさ。でも、こういう日は風呂ふろが格別に気持ち良いんだよなぁー。」


「それも分かりますね。こんな日でも、楽しみは見つけられますよね。」


「ははは。違いねえ。俺ぁ百姓のせがれだったろ?オヤジが天気の悪い日の良い所は、天気の良い日の有りがたみが分かるって良く言ってたっけな。」


「なるほど。いかにも農民のしんからにじみ出てくる強さが表れてて、好きですよ。その言葉。」


「おい、そりゃあ、馬鹿にしているのかぁ?あははは。」


そこにリッケンさんが容喙ようかいしてきた。


「こら、くだらねえ雑談ざつだんしてねぇで手も動かせ、あと少しで上がりなんだからよ。」


 言葉は怒っているが、感情はたしなめている程度だ。フェーデもこの職場に大分馴染なじんで来たらしい。無論、良い傾向だが、まだ、この若者の横顔には陰影いんえいが深い。


「はーい。すみません。」

 

 2人とも声をそろえて、今日の発送の最終確認と、明日の早朝の仕事を3人で点検てんけんし終わって、今日の仕事は完了かんりょうしたと思われたが・・・。


 「あっ!そうだ、第三倉庫の籠車かごしゃの片づけが残ってた!」


 リッケンさんが叫んだ。

 

 「あ、良いですよ。自分がやりますよ。どうせ10分もかからないでしょう。」


 フェーデが言葉を返す。その時、リッケンさんの向こうにある人物の姿が目に入った。

 

 「こんにちは。・・・いや、もう、こんばんは。と言った方が正しいかしらね?こんな天気じゃ、分かりづらいわよねぇ・・・。」まどの外にをやりながら、アイバァはつぶやいた

 

「誰かと思ったら、あんたか。」やや辟易へきえきしながら、フェーデは応対おうたいした。

 

「・・・おい、フェーデ、こちらの方は?まさかお前の彼女か?」リッケン爺さんが訊く。


「まさか!!!!!」2人揃そろって全否定する。

 

フェーデは気難しい表情を浮かべながら、「自分の名付け親ですよ。一応。」と言った。

 

「ちょっと!!、一応ってなによ!!一応って!!」

 

「しかたないだろ!本当に適当なんだから!!・・・っていうか、少し仕事が残ってるんだよ。まだ。ちょっと待っててくれよ。」


 「ああ、何か話す事があるなら、第三倉庫の中で作業しながらで良いぞ。もう定時だからな。残業代も払えねえし、すっかり忘れてた俺が悪いんだからよ。」


 リッケンは頭をきながら、鷹揚おうように笑った。

 その後、リッケンとバッカスに別れの挨拶あいさつをし、2人は60ヤード程(約55メートル)の距離がある第三倉庫へと向かった。外は相変わらず、苛烈かれつな天候である。

 

「しっかし、あんたも大分、コミュニケーション能力上がったんじゃない?」


「そうかな、自分では良く分からないけど。」

 

「ブライアンとの問題の時は、こいつ大丈夫かよ・・・て感じだったわよ。正直。助けた私にも一切、お礼も何も無かったし。

 

「お礼目当てで、人助けをやってらっしゃるとはおそれ入る。流石、白金の騎士様は考えている事が我々、凡夫ぼんぷとはちがいますなぁ・・・。」


「あははは!!」


 急にアイバァは抱腹ほうふくして爆笑した。そして、だからあんたは変わったて言ったのよ。前はそんな痛烈つうれつ皮肉ひにく言えなかったでしょう、と続けた。


 2人の眼前に第三倉庫が迫って来た。アイバァは蒼天そうてんの様な色の雨具を身にまとい、澎湃ほうはいとした生命力を持つ樹木の、瀟洒しょうしゃな模様の大きなかさを差して居たが、フェーデはリッケンからゆずって貰った、薄汚れた灰色の雨合羽あまがっぱ羽織はおっているだけだ。 


 フェーデが経済的にも厳しいのを知了ちりょうしているリッケンは、色々と生活用品を無償むしょうで援助してくれるのだ。ただ、リッケンも特別裕福ではないから、すべて使い古しのお下がりみたいなおもむきになってしまうのだが、贅沢ぜいたくは言えない。


 まずフェーデがいつもの通り、倉庫のかぎを開け、中に入り、すぐにアイバァが続く。さっきリッケンとバッカスと3人で居た場所は軒先のきさきで、半分は外のようなものだったので横殴よこなぐりに飛沫ひまつがかなり飛んで来たが、この倉庫内は雨風を、完全にしのげる。


アイバァが完全に扉を閉めたのを視認しにんしてから、フェーデが口を開いた。


「それで、本題に入るけど、今日は何の用でたずねて来たんだい?今までの四方山話よもやまばなしではさっぱり見当が付かないんだが・・・?」


この台詞せりふの半分くらいから、籠車の手摺てすりを握り、機械的な作業に移行しようとしている。


「・・・実は今日は私の友達を紹介しようと思ったんだけど・・・。」


「・・・でもあんた、今日も一人で来たんだろう・・・?」彼女の方は見ずに、籠車の数量を勘定かんじょうしながら、良し、大丈夫だ。と思った。今さっき手すりに手をやったが、冷静に考えると手順が逆だったのだ。


「この生憎あいにくの天気だから、連れてくるの止めたのよね。デリケートだから。その友達。」


「あ、いや・・・だから何でたずねてきたんだよ。それじゃあ、答えになってないだろう?」


フェーデは鼻白はなじろんだ。こういう馬鹿馬鹿しい回答が、アイバァには多過ぎる。

白金の鎧兜に身を包んでいる時とは、二重人格のような差異さいがある。

 

「さあ・・・?何ででしょうね・・・?」堂々と、最悪な返事をしてきた。

 

「おい!!ふざけんなよ!!自分でも分かってねえのかよ!!命の恩人とはいえ!!用が無いなら来るなよ!!ウチの職場しょくばだって本来は、部外者は立ち入り禁止なんだぞ!!」


 フェーデはさすがに腹が立って来た。仕事の方は完全に忘却ぼうきゃくしており、手が止まっていしまった。

 

 「ごめんなさい。まあまあ、そんなに怒らないでよ。別にふざけてる訳じゃないのよ。ただ、私、5年前の大陸大戦のあと、この大陸の各国を遊学ゆうがく廻国修業かいこくしゅぎょうを兼ねて、目の当たりにしてきたんだけど・・・。」

 

 「・・・それで・・・?」フェーデの語気が一気に普段通りに戻った。彼女のひとみが白金の騎士のそれと寸分違すんぶんちがわなくなったからである。


 「人間は仲良くするよりも仲違なかたがいするほうが好きみたいなのよね・・・。」


 第三倉庫の中に、一気にくる屋外おくがいの大気が乱入してくる様な錯覚さっかくをフェーデは感じた。


 何故なぜであろう?このあたりに自分の喪失そうしつした記憶の秘密が有るのかも知れない。悪寒おかん背筋せすじこおらせ、全身は鳥肌とりはだが立つ。心臓の鼓動こどうが激しくなり,発汗はっかんも異常だ。呼吸もかなり乱れてきた。


「はぁ・・・、はあ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、」


 玉の様な、いや、しずく完璧かんぺきに成長してしまった汗が、彼のこめかみから頬桁ほおげたを伝い、あごまで流れ空気中を浮揚ふようし、倉庫の地面である金床かなとこに激突し、また玉に戻る。宛然えんぜん輪廻りんねのようである。


 フェーデの下肢かしは完全に屈曲くっきょくし、この場にリッケンか、バッカスのどちらかが居れば、彼の肉体がいつもの10倍の重力じゅうりょくを受けているように、その第三者は感じるのかも知れないが・・・、良くも悪くもこの場に居るのはアイバァだけである。


「え・・・?どうしたの急に・・・???」


 彼女は面食めんくらってはいるが、彼の事を懸念けねんはしていない。

・・・とうよりも、感じられないのだ・・・この娘は。賊狩ぞくがりの賞金稼ぎなどと云う、日陰者ひかげもの峻烈しゅんれつ生業なりわいを選んだために、精神が雄強ゆうきょう過ぎるのだ。


(落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け・・・)


 フェーデは自己暗示じこあんじを掛けるように何度も己に言い聞かせた。


 「・・・ちょっと、水かなんか持ってきてあげようか?あっ・・・でも、こんな暴風雨ぼうふううの時はどうやって運べばいいかしら?」


 ようやく、彼女は機転きてんかせようとしたが、彼がさえぎった。


「いや、大丈夫だ・・・。」


 先程まで、籠車の手すりをにぎっていた彼の左手は垂直すいちょくに下がっており、その延長線上の車輪を握っていた状態じょうたいを、眼球の奥の網膜もうまくに像を結んだ彼の脳が上下逆転させ巨細こさいなく知覚した時、彼は平常心に戻っていた。

 

 彼の両眼は炯々けいけいとして、猛鳥もうちょうのようである。その奥にひそむ光は犀利さいりささえ感じさせる。


 深くひびの様に刻みつけられていた眉宇びうは、その急峻きゅうしゅん突起とっきを平地に造成ぞうせいし直したようだ。全てが元に戻り、倉庫内の温度おんども体温に近づいてきたように感じた。


「ははは・・・危ない、危ない。又、あんたにりを作るところだった。」


「別に・・・私は構わないのよ、全然。貸しが出来たって。」


「あはは。あんたが構わなくても俺は構うんだよ。・・・それで、何の話だったっけ・・・。」


「ほら、私が諸国を放浪ほうろうした感想を言ったじゃない。人間は・・・。」


「ああ、そうだ。そこだ。随分ずいぶん厭世的えんせいてきな事を言ってたな。それで?」


「うん。なんて云っても四年も、東奔西走とうほんせいそうしてたのよね。この大陸を。それで・・・」


「うん、それで?」


「うん。それで、この国に帰ってきたら、一番最初に知り合った人とは絶対に親友になろうって心にちかったのよ。」


「うん。そ・・・んんん!?!?!?!?!?」


 フェーデは卒倒そっとうし、その場にうずくまってしまった。そして又、彼の左手は籠車の車輪をつかんでいた。

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