第5話

しかし、運命の歯車はぐるまはどうしても止まら無い。 


 エピは自分の無力さに悄然しょうぜんとするしかなかった。

 外せない十字架じゅうじかを背負い、ゴルゴタのおかを登るかのように・・・。


 あとは、磔刑たっけいになるだけ・・・と言う状態の寸前でこの男と妻が引き取ってくれたのだ。


 それが、1年前。だから、この主にはどうしても頭が上がらない。


 この時も、素直すなお謝罪しゃざいし、彼の肉体と精神は事務的じむてきといっても良いほど薪割まきわりの作業に移行していった。


 1本1本、いつも通り黙然もくねんと割っていく。秋分から春分くらいは毎日やっている、機械的な筋肉の反復運動だが、白金の騎士の勇姿ゆうしを思い浮かべながらだと、新鮮しんせんに感じられた。


 この、生きていく為に仕方無くやる、唯々ただただつらい作業も自分のからだきたえると思うと、背中から二の腕の筋肉が躍動やくどうするようだ。


 最後の1本を真っ二つにった時、エピは口をゆがめた。そして一瞬真顔になった後、しばらくして笑い始めた。それはさながらら、狂疾きょうしつ(精神病)のようだった。


 しかし、彼の胸は満たされていった。何故なぜなら、昨晩、見た良い夢の内容を思い出したからである。


 幼い頃の両親と一緒に居た時の記憶。この世の中全てが何故なぜか美しく、光り、輝いていた。両親は常に自分に、温かい双眸そうぼうを向けて来てくれる。いつからか、少しずつ、しかし確実に、世の中は汚れていった気がした。が、しかし・・・。


 本当にそうだったのだろうか・・・?汚れていったの世間せけんの方だったのか・・・?


真実は自分の方が汚れていったのではないのか?

 

 陽気の良い春のる日。太陽がもっとも高い位置に近づく。まるで天上から生命の賛歌さんかが聞こえてくる様だ。


 万物ばんぶつが陽光により照射しょうしゃされる。その光は森羅万象しんらばんしょうに反射され、天覆地載てんぷうちさい輻輳ふくそうしていき、やはり闇は、焼滅しょうめつされていく。


 そして、近所の陋屋ろうおく煙突えんとつも、雲煙遥うんえんはるかな重畳ちょうじょうとした山脈の山巓さんてんも、差別は無い様であった。



此処ここはオーヴィル陸軍参謀りくぐんさんぼう本部の武闘場。


 2人のかしぼうを持った男が対峙たいじしている。


「どりゃーーーーーーーー!!!」


 裂帛れっぱくの気合いとともに一人の金髪でうなじの辺りで結わえている若者が、3メートル程の棒を抱え込み、元立ちとなっている長身の男に立ち向かっていく。


 金髪の総髪の若者は、長身の男の鳩尾みぞおちを狙って棒による突きを繰り出した。

 長身の男はそれをなんなくなし、石突いしづきの方で金髪の若者の側頭部をしたたかに打ちえた。

 

 く、金髪の若者はくずおれた。頭蓋骨で最も薄い蟀谷こめかみに直撃を受けたのだ。2、30分くらいは、人事不省じんじふせいとなっているだろう。


「次!!」


長身の男が叫ぶ。


「はい!!!」


 今度は黒髪で左の耳朶じだが切れ上がっている若者がかしの棒を振りかざし長身の男に、間合いをめる。

 血気のはやる青年らしく力任せにおがみ打ちにいったが、長身の男に完全にかわされ、右の脾腹ひばらに重い一撃をもらい、その場にうずまくってしまった。肝臓が破裂しそうに感じているだろう。


「よし、次!!」


又、長身の男のげきが飛ぶ。


「はい!!!」

 

 今度は茶髪で中分けにしている少年のようなあどけなさをもつ、白皙はくせきの男が襲いかかる。ボクシングのジャブ的な打突だとつで様子を見て行くように攻め立てる。今までの2人よりもかなり、慎重しんちょうなようだ。が、しかし・・・、次の瞬間、長身の男が床を震脚しんきゃくのように踏み抜いた。鼓膜こまくつんざくような衝撃音が武闘場にこだまする。


 茶髪で中分けの白皙の男は、きょを突かれ、立ちすくんでしまい、身動きが取れない。そこを、長身の男の樫の棒の穂先ほさき天突てんとつという喉仏のどぼとけの下部で左右の鎖骨さこつの間の急所を貫いた。

 白皙の男は翻筋斗打もんどりうって倒れた。気息奄々きそくえんえんとしているものの、絶息ぜっそくはしていない。


「よし、次!!!」


また、長身の男の舌鋒ぜっぽうが火を吹いた。が・・・、

 

 ・・・反応が無い。なぜなら、今の3人が最後の3人だったのだ。武闘場は水を打ったように静まり返っている。


 長身の男が我に返えると、その場で立っているの自分だけだという現実に直面した。

 

 他の者は槁木死灰こうぼくしかいであり、皆、戦意を喪失している。


「良し、今日の稽古けいこはこれまで!!」


 無音の道場内にまた、長身の男の声が非情ひじょうにも拡散していく。その言葉は攻撃的では無かったが、三十数人の若年の兵士たちは暗然とせざるを得なかった。絶対的な強者が持つ、残酷な気勢オーラ圧服あっぷくしている、我が身の情けなさは名状めいじょうがたい。


 その日の夜ある酒場・・・


「いやあ、今日の稽古けいこ、きつかったなぁ・・・、なんで、ブライアン軍曹はあんなに厳しかったんだ・・・?」


1人目の金髪の若者がつぶやく。


「なんでも、数日前に白金の騎士と目貫き通り《メインストリート》でめたらしいぜ。」


2人目の黒髪の耳朶じだが切れ上がった青年が、返答した。            


「え!?白金の騎士ってあの草賊狩りの白金の騎士!?マジで!?」


3人目の茶髪の中分けの色男が聞き返す。


「あのって・・・ほかにどの白金の騎士が居るんだよ!お前、アホか!」


「まあ、そりゃあそうだけど・・・。でも、ブライアン軍曹、ヤバいんじゃないの!?平時で素行不良な下士官なんて、草賊と大して変わらねーぜ。」


「おいこら、流石さすがにもう少し口を慎め、トム。長生きしてえならな。」


 金髪の若者が釘を刺す。この酒場にも秘密警察の連中が居ないとは限らない。


「おっと、わりいわりい。まあ、健康長寿を目指す奴が選ぶような商売じゃねーがな。」トムと呼ばれた青年がおどけて見せた。


「しかし、マジな話、練習に私情は挟んで欲しくねーよな・・・。ある程度厳しく、激しくやらないと、兵隊は鍛えられないのは理解出来るが、いざ戦時になったら怪我人だらけで戦えませんじゃ、本末転倒だしな・・・。」


「まったく。お前の言う通りだ、ジェームズ。それでは話にならないな・・・」


「ところで、ビル、お前ブライアン隊長のあのうわさ、聞いたことがあるか?」


「あの噂って・・・なんだよ・・・。」


「あのって・・・ほかにどの噂があるんだよ!お前、アホか!」

トムがビルに意趣返いしゅがえしのようにいった 。


「なんだよ!むかつくな!」


「おい、2人ともやめろ!つまらねぇ事で喧嘩けんかするな!ガキみてぇだろ!」

ジェームズが仲裁ちゅうさいに入る。


「わりい、わりい。」トムがまた返事をする。


(こいつ、全然反省してねーな・・・)


 とトムを白い眼で見ながら、ジェームズは続けた。


 「その噂ってえのは・・・魔薬に関してなんだが・・・。」ジェームズの声が小さくなる。


 「魔薬?ちょっとまて、魔薬ってなんだ?」


 今度はトムもジェームズも2人とも溜息ためいきをついた。

この2人がビルと連もうと思ったのは、果敢かかんかしこい男だと思ったからだ。こんなに世故せこうといとは思わなかったのだろう。


 流石にトムも真顔になり、真摯しんしな態度で説明を始めた。魔薬というのは書いて字のごとく、魔法の丸薬である事。主作用も物凄いが、副作用も恐ろしく強く、人生を破綻はたんさせうる程だという事。ただ、この世界で魔法などは使える者など、数万、数千年前に絶滅ぜつめつしているのだが・・・。


 例えば、代表的な物では、超人的な身体能力しんたいのうりょく基礎体力きそたいりょく、(基礎的な筋力)反射神経、動体視力、心肺能力を得れるが、その後3日は指一本動かせなかったり・・・。


 確かにオーヴィルが小国しょうこくながら、列強に帰服きふくせずに済んだ秘密のような物だが・・・。


 「いや、一寸ちょっと待て、でも、その魔薬とブライアン軍曹と何のつながりがあるんだ?」


ビルがジェームズにく。


 「5年前の大陸大戦まではどうも、使われてたらしいんだよ。それが・・・。二十歳はたち前後の俺たちの世代では一人も居無いだろうが・・・。ブライアン軍曹みたいに三十過ぎの人達にはまだ、多少いるらしい・・・。」


 硬骨漢こうこつかんのジェームズも歯切はぎれが悪い。公国軍内の暗部あんぶを見た思いだろう。


「確かに、適当に魔薬を散撒ばらまいても、将兵しょうへいが死んでいけば、ばれ無いとでも思っているのかね・・・上は・・・。オーヴィルの魔術師まじゅつしは泣く子もだまるといってもよ・・・。そこまでしてこの国を分離、独立させたかったのかよ。」軽薄けいはくなトムも口が重い・・・。


「・・・なるほど!!」


急にビルが声を張り上げた。


「なんだよ、急に・・・。」「びっくりするじゃねーか!」


トムとジェームズが口をとがらす。


「謎がとけたんだよ!なぜ、軍曹はあんなに気性が荒いのかをよ!」


「・・・まさか、魔薬の副作用って事か・・・?」


「あ、いや、ちょっとまてよ。お前、俺たちと同期どうきじゃねーか!なんで軍曹の過去なんか知ってんだよ。」


 トムの言う通り、任官して半年の新兵が少壮しょうそう年齢ねんれいに差し掛かっている上官の過去を知っているのは不自然である。

ただ、ジェームズの脳裏のうりには何かがひらめいた。


「お前、まさか・・・グレコ将軍との上申じょうしんの時に・・・。」


「ああ、そのまさかだ。注進ちゅうしん伝令でんれいもやっているからな。俺は・・・。」


「なるほど。じゃあ、その時に噂か何かで・・・。」


 誰もグレコ将軍、自らの口でとは言わない。と言うよりも言えないのだ。

3人はみな同じ考えに想到そうとうした。そこには口に出すにははばかられる阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図が膨張していった。


 皆、悪心おしんを感じた。しかし、時間の経過に比例して、心神しんしんは安定していく。


 いや、半ば強引に安定させた。トムの発言の如く、自分の命くらい、いつでも賭けねばならない稼業かぎょうである。


 どうせ死ぬなら軍人になって死のうと思って、公国軍人に志願した子供も腐るほど居る。


 この位で、おじじけずてどうする。自らを鼓舞こぶせねばならない。

 

 戦いは敵とだけするものではない。自分ともせねばならない。自分の脆弱ぜいじゃく懶惰らんだな心とも。いや、敵との直截的ちょくせつてきな戦いよりも、こっちの方が余程、おもきをおくべきなのかもしれない。

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