第4話


鶏鳴けいめいが聞こえる。


 曙光しょこうやみすさまじいいきおいいで放逐ほうちくしていく。近所の陋屋ろうおくの煙突も、雲煙遙うんえんはるかな重畳ちょうじょうとした山脈の山巓さんてんも差別は無い様であった。


 少年は起床した。良い夢を見た。


ただ、どういう内容かは思い出せなかった。

 

 この近所の陋屋ろうおくの住人の少年は、あのエピである。まず顔を洗い、気合いを入れる。


 目脂めやに綺麗きれいぬぐい取り、木綿のタオルで水気を良く拭き取った。そうしてすぐに外に出て、お湯をかす為のたきぎを割るためにおのを手に取った。季節はもう春であるが、まだ早朝はかなり冷え込む。 

 

 そこでしばらくエピはいつもと違う思念が脳内をよぎった。

そこには、雄偉ゆういな白金の騎士が四方八方に槍を振り回し、流賊りゅうぞく掃滅そうめつしていく。小少しょうしょうらしい想念であった。

 

 極めて純乎じゅんこたる強さへの憧憬どうけいであり、その想いは渇望かつぼうといえる。 


 自分なりにおのを槍にみたてて、振り回してみる。冷静になって考えてみれば、白金の騎士が、眼前で勇壮ゆうそう悪徒あくとぎ倒していく場面を目にしては居ないのだが、なんとなく想像していく事、自体が楽しいのである。


 勿論もちろん、白金の騎士はこの子にとって命の恩人であり、英雄である。自然、無我夢中になっている。


 すると、次の瞬間、急にドアが開いた。

危うく、ドアを開いた人物と斧が接触コンタクトしそうになった、刹那せつな、少年はあわてて斧を引いた。  

 

「うわっ!!!危ねえっ!!!」


 ドアを挟んで少年と壮年が同じ言葉を発した。斧の刃はギリギリの所で、当たらなかった。


 「あー・・・、良かった・・・。」


また、2人の人間が異口同音いくどうおんたんじた。


 「・・・って、良かったじゃねえよ!!危ねえじゃねえか!!!」


 壮丁そうてい赫怒かくどする。当然である。すんでのところで、大怪我をする所だったのだから・・・。しかも、この子供は家事を途中で、投げ出していたのである。

 

 少年は身をこわばらせたが、意馬心猿いばしんえん(動揺)にはなっていない。そこには頑健がんけんな意志力を感じさせる。ようするに、瞬息しゅんそくに動揺はせず、殴られても仕方が無いと腹を括った精神状態を構築出来たのである。


 それを見たこの四阿あずまやの主人の頭の中は、激怒げきどと感心が角逐かくちくしあっている。無論、その後で二言三言、痛罵つうばされたが・・・。


 しかしエピはがたい部分も感じている。この40過ぎの男の悪罵あくばにはちゃんと愛情が裏地うらぢとしていつけられていたからだ。

 

 エピの母親は彼が3歳の時に鬼籍きせきに入った。病没びょうぼつであった。この40過ぎの男は実は彼の実の父親では無く、実の父親の方は野鍛冶のかじであった。

 

 しかし、腕の方は相当だったらしく、数多あまた顧客こきゃくが居た。白金の騎士の正体のアイバァ・ニーズの門地もんちのニーズ家も顧客の一つだったが、勿論この時点では、彼は知るよしもない。

 

 実父は職業柄、この大陸を彷徨さまよっていたが、大陸大戦の端緒たんしょのころに、応召おうしょうされ、戦場に駆り出され、左腕を下膊かはく(前腕)から先の全部と右手の親指、人差し指、中指の3本を喪失そうしつしてしまった。職人としては致死的ちしてきであった。

 

 それ故に実父じっぷはエピの記憶には極めて悪い印象いんしょうとしてでしか登録とうろくされてはいない。いつも二本しか指が無い右手で博打をやり、人生そのものを射倖的しゃこうてき投機的とうきてきにしか考えない人間のみにくさはいつ思い出しても反吐へどが出そうになるだけだ。

 

 いつしかエピも世間に対ししゃに構えるようになり、経済的な理由からも悪事あくじを働くようになっていった。


 全てが破滅はめつしていくかのようだった。

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