第2話

 リッケンと老爺ろうやはこの町の外れに小さな運送業を営んでいる。70歳を過ぎて数年たつ。

 

 だが、矍鑠かくしゃくとしている。3か月程前のある日、いつもの時間に起床きしょうし、いつものように倉庫を開けて仕事を始めようとしたら、あの若者がどろのように眠っていたのだ。


 一瞬、不審者ふしんしゃかと思い、怒りがこみ上げてきたが、この前の騒動のような反応しか、しないので、要領ようりょうを得ない。すぐに、怒り等の悪感情あくかんじょうは消え失せて、意思の疎通そつうを図ろうと思った。   

 

 この若者は若者らしい実直じっちょくさと謙虚けんきょさを兼ね備えていたから、話しても気分が悪くならないし、もう先に妻を亡くし、子供も独立してかなりたつので、さびしさをまぎらわすには丁度良い話し相手になった。


 聞けば完全な記憶喪失で自分の名前すら思い出せない。しかし、その事以外、機能きのうは正常らしく、与えた仕事は極めて正確にこなせる。そこでリッケンじいさんはこの若者を従業員としてやとう事に決めた。


 仕事は愚直ぐちょくなくらいに実直じっちょくにこなす。この小さな町の住所が有る程度、覚えた頃にこの前のブライアン軍曹ぐんそうとの事件に巻き込まれたのだ。


 それから数日後・・・。

 

若者は午前中の仕事を終えて、いつものレストランに昼食を取りに出かけた。どこにでもあるようなレストランで取り立てて自慢のメニューなども無く、基本的な物ばかりなのだが、この若者にはそんな事はどうでも良かった。 


 なぜなら、この若者は毎回、野菜ジュースとハンバーガーとフライドポテトしか頼まないからだ。他にどんな美味しそうなものが眼に入っても、この若者の興味は無く、食事自体も仕事と同じ作業をするかのごとく、カロリーや栄養素以外の機械的な処理しょりしか、しない思考回路の持ち主の様であった。


 いつもの様に食事を済ませ、席を立とうとすると意外な人物に声を掛けられた。

 やや大柄おおがらな若い女性・・いやまだ少女と言った方が正しいかもしれない。


「こんにちは。・・・はあ、やっと見つけた・・・。」少女は言った。若者は困惑こんわくした。はて、この娘は誰だっただろうか・・・?


若者は言った。

「人違いじゃないですかね?僕は貴方あなたが誰なのか分からない。・・・いや、もしかすると昔は知っていたのかもしれないのですが・・ある時から僕は・・・」


そこで彼女が割って入ってきた。

 

 「いや、知ってるわ。大丈夫よ。そんな昔からの知り合いじゃないから・・・って言うかまだ、貴方は私の事を知らないのよ。」と言うと彼女は、いきなり笑い出した。


 「いや、ごめんなさい。おかしいわよね。知らない女が出てきて、貴方が私の事を知らない・・・って言ったら、そうよ。貴方は私の事を知らないって、鸚鵡おうむ返しになったものだから・・・あははは・・・。」


 娘はまだ、笑っている。


 流石に若者も淹悶うんざりしてきた。いきなり出て来てなんなんだ、この女は。


 「あのどういう事ですかね?さっきから、わけが分からないのですけど・・・。」


 「わかったわ。今から説明するわね。2,3日前、貴方、ブライアン軍曹っていう男とめ事を起こしたでしょ。街角まちかどで。」 


 その時の野次馬の中に、この女は居たと云うのか?


 「め事を起こしたっていうか、路地裏に入る所で、接触せっしょくして危うい目にいそうだったことは有りましたが・・・。」


「その窮地きゅうちに白金の騎士って奴が出て来たでしょ?」


「はい。何処どこの誰だか知らないですけど・・・お陰様で・・・。」


「その白金の騎士って奴が私よ。」


「えええ!!!!???本当に!!!!???」


「へえー・・・意外と、感情表現豊かなんだぁ・・・君・・・。」


 流石に若者は瞠目どうもくしている。あまりに驚嘆きょうたんしてしまったために、が出ない。


 しかし、少女は若者の丸くなった、目の奥にある何かを、この時感じた。その直後若者はその少女に丁重ていちょうな礼をしたが、何か心に引っかかる物を感じた。いつもは弱者が強者に見せる畏敬いけいの念がこの若者には全く無いように思われた。


 やや、不可解ふかかいだったものの、少女はその事には触れず、そっとしておいた。この若者の真率しんそつさが気に入ったからである。


 少女はアイバァと名乗った。


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