公国の遺贈者(Legator)『第8回カクヨムWeb小説コンテスト』参加作品(長編・異世界ファンタジー部門)

田渡 芳実 (たわたり よしみ)

第1章 大戦の残渣(たいせんのざんさ)

第1話

此処ここははオーヴィル公国の北の辺境のブラックタートル地区。


 広漠こうばくたる土地に岩石が無数に散らばり、蕭殺しょうさつたる土塊つちくれだらけのカンヴァスに無数にアクセントをつけている。

殺伐さつばつとした雰囲気ふんいきの大地に流刑地るけいち史跡しせきに町が出来、一応、殷賑いんしんしている。


 その名も無き町の目貫めぬき通りの片隅かたすみに人力車を引いている男がいる。いや、男と呼ぶには若すぎるかも知れない。 


 少年の廉潔れんけつさと、青年の諦念ていねんさを兼ね備えた色の瞳をし、キャップを真後ろに被り、フォックス型のサングラスをカチューシャ代わりにひたいに掛けている。上背うわぜは5フィート6インチ位(約167センチ)であり、この国の平均値よりやや小柄といった所か。この若者の職業は運送関係なのだろう。


 単純な力仕事であるから、まだ春先だが、こめかみからあごにかけて幾筋いくすじの汗がしたたり落ちている。

 その若者がふところからメモを取り出しながら、路地裏ろぢうらに、右折した瞬間しゅんかんに事件は起こった。

ドッターーーン!!!


 曲がり角に丁度ちょうど、通行人が居たのだ。若者も、通行人の方の男も同時に尻餅しりもちをついた。


「痛てて・・・この野郎!!どこ見て歩いてやがるんだ!!!」


 通行人の男がたける。見ると、両腕にタトゥーが入った、見るからにガラの悪そう感じの長身の男だった。しかし、軽装といえ公国の正式のくさり着込きこみを着ている。 


 この男はオーヴィル公国軍人のようだ。若者は「いや、仕事中なので、届け先の住所が書いてあるメモを見てました。」と坦々たんたんと、答えた。


 一瞬、軍人の男は、呆気あっけにとられた顔をしたが、すぐに真顔に戻り、こう言い放った。


巫山戯ふざけやがって!!!おい、お前らこっちに来い!!」


 そう男が叫ぶと群衆ぐんしゅうの中から5人ほどの男達がおどり出てきた。皆、一様にいろしている。

呼び出された男達は皆、屈強な公国軍人であった。

 

 周囲の人々は騒然としてきて、その場の空気がこおりついてきた。


 しかし、若者は全く動揺どうようの色を浮かべない。・・・いや、と言うよりもまるで現在の状況が理解出来て居ないようだ・・・。 

 長身の軍人が言った。


 「おい、貴様!!我々を誰だと思っているのだ!!我々は先の大陸大戦で常に前鋒ぜんぽうで戦い続けた、あの千軍万馬せんぐんばんば勇将ゆうしょう、グレコ将軍率いる斬り込み部隊だぞ!!」


 この一言で民衆は完全に沈黙ちんもくしてしまった。この若者と事を構えてしまった者の素姓すじょうがよりにもよってこの国で最も荒っぽい人種で有ることが判然はんぜんとしてしまったからだ。


 数分前から若者を中心に人屏風ひとびょうぶ幾重いくえにも出来ていたが、それも分解しはじめ、方々ほうぼうに散りはじめたころ、長身のタトゥー軍人が嗜虐的しぎゃくてき破顔はがんし、こう続けた。


 「フェーデだ!!フェーデで決着をつけるぞ!!お前も男ならば、異存いぞんは無いな!!」


 と言った。


 フェーデとはもともとは、自力で救済する決闘を意味していたのだが、このタトゥーの軍人の様に金品きんぴんを巻き上げるだけの暴挙ぼうきょを正当化させる手合いもいる。


  若者は、また何の反応も無い。半眼はんがんでタトゥーを入れた軍人の眼を見ているだけだ。

 次の瞬間、予想だにしない事が起こった。突如どこからともなく小石が飛んできてタトゥーの軍人のひたい炸裂さくれつしたのだ。


 「うぐっ!!!一体誰だ!!??」とタトゥーの軍人が叫ぶ。衆目が一致した所には、一人の少年が居た。


 「このろくで無しが!!そのお兄ちゃんは真面目に仕事をしていただけだろ!!それに比べあんたらはなんだ!!いつもそんな下らねえ事で、一般庶民から金を巻き上げやがって!!軍人なら軍人らしく真面目に調練ちょうれんでもしろよ!!!調練ちょうれんするのが軍人の仕事だろうが!!!」


 その少年は間違いなく少年だった。年は10歳くらいであろう。愚直なほどの剛直さを中核とする精神は周囲の大人達がいつしか、忘れてしまったものだった。いや、換言かんげんするならば、その剛直ごうちょくさ、木強ぼっきょうさを忘却ぼうきゃく出来たから大人になれたとも言えるのかも知れない。

 

 ともかくタトゥーの軍人は激昂した。額から血をしたたらせながら、


「このクソガキ、生意気な事を言いやがって!!公国軍人の恐ろしさを思い知らせてやる!!」


 と言う科白せりふを吐き終えるとふところから、短剣を取り出した。諸刃もろはのダガーである。刃渡りは11インチ程(約30センチ)であろうか。漆黒しっこくの刀身から禍々まがまがしい殺気がほとばしっている。

 

 さっきから、人力車の若者は何の反応も無く、うつむいたままだ。


 流石に少年は血の気が引き、この一角を囲繞いにょうしていた人々は悲鳴を上げ始めた。


 この国を代表するような、命知らずの荒くれ者を完全に怒らせてしまったのだ。 

酸鼻さんびを極める地獄が現出するかとその場の誰もが思ったのだが、またここで意外な事が起こった。


 「おい!!貴様!!いい加減にしろ!!!いくら頭に血が上ったとはいえ、年端としはもいかぬ、少年に刃物を向けるなど、言語道断の愚行ぐこうだぞ!」


 暗くよどみきった空気の中に、清冽せいれつな声が響いた。その残響音の中に、確かにりんとした正義感がみなぎっている。


 「頭に血が上ったと言うよりは、飛礫つぶてで頭から流血して血が下ったんだから、俺は冷静なはずなんだがな。」流石に最前線にいた軍人である。余裕の反応だ。


「下らぬ諧謔かいぎゃくはよせ!!」


 今度は周囲の視聴しちょうがその声の主に集約された。そこには全身を白金の鎧兜よろいかぶとまとった、騎士がいた。その騎士は長い青地に金色の槍をたずさえ、タトゥーの軍人に歩を進めた。


 周匝しゅうそうしている国民は皆、沈黙を守り、その騎士の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに注視している。

タトゥーの軍人に2ヤード(約1.8メートル)ほどまで近づいたとき、白金の騎士がまた、口を開いた。


「貴様、グレコ・ローマン将軍の隷下れいかのブライアン軍曹ぐんそうだな・・・!悪名はかねてから聞き及んでいる。しかし、聞きしに勝る悪態振あくたいぶりだな。」と落ち着いた声で話し始めた。


 それに対し、勿論もちろん、ブライアンの方も黙っては居ない。


「そういう、あんたは最近この辺で勇名をせている白金の騎士様か、何でも草賊そうぞくを狩って過激な生計を立てているらしいな・・・。」


「ああ。そうだ。私はその白金の騎士だ。草賊そうぞくを狩る事を主な生業なりわいとしているが、時には悪辣あくらつな軍人を狩ることもあるかもな・・・。」 


 2人の間に異常な緊迫感が走る・・・。周囲も事の流れを見守るしかない。 


「チッ!!余計な邪魔が入ってしらけちまっぜ!!おい、お前ら!行くぞ!!」大柄おおがらからだをくねらせ、ダガーナイフを懐にしまいながらブライアン軍曹ぐんそうはこの場を去った。その後ろ姿を追いかける様に5人の部下達が付いていく。


 ようやく、この街区に平穏な空気がよみがえったようだ。

 人力車の若者はまだ地面を見つめ、うつむいている。呆然ぼうぜんとしているのか?魯鈍ろどんのようである。

 

 一人の中年男性がブライアン軍曹に小石を投げつけた少年に駆け寄っていく。


「おい、エピ!大丈夫か!?」エピと呼ばれた少年もあまりの恐怖感の為、腰が抜け、その場から、立てなくなってしまったのだ。


 人力車の若者の方には老年の女性が近寄り、安危あんきを確かめているようだが、こちらもぶつかって倒れただけであるから、怪我をしていたとしても、擦過傷さっかしょう程度であろう。


 しかし、この若者の異様な挙措きょそ、動作はまだ続く。

自分の危地きちを救ってくれたエピと呼ばれた少年にも、白金の騎士と呼ばれた者にも、一瞥いちべつもくれず、仕事に戻ろうとしたのだ。これだけの騒動が有りながら、周囲の人々は呆気あっけに取られていたが、エピの方に近寄っていった中年男性が、その答えを話し始めた。


「ああ、あいつはリッケン爺さんの所の奴だな。何でも5年前の大陸大戦の時に記憶喪失になっちまったらしいぞ・・・。」


 一同はそれでようやく納得した。

  

 人々はこの国における戦争の後遺症に対し 、慄然りつぜんせざるを得なかった。

 

 夕陽に向かって人力車を黙々と若者は引いていく。その背中をエピ少年も、白金の騎士もいつまでも見続けていた。

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