豪雨の日の真実
真中洸太と出会ったのは大学時代。高校の同級生だったという理央からの紹介で、三人で食事をしたのが最初だ。
それまでのわたしの異性交友は希薄の一言につきる。別に女子校育ちとかそういうわけではなかったのだが、生来の内気な性格が災いしてか、誰かと付き合うのはもちろんとして、男子と会話したこともほとんどなかった。
そんなわたしは、洸太を目の前にして、当初はなにを話せばいいかわからなかった。男性に免疫がないからということもあったが、洸太がイケメンであったこともひとつの要因だったろう。モデルのような端正な顔立ちを間近にして気後れしてしまっていたのだ。
それでも、洸太は嫌な顔も見せずに積極的に話しかけてきた。そして、こちらが話しやすそうな話題へ自然と導いてくれた。
そのおかげで、すぐに時間を忘れるくらいに色んなことを話せるようになった。そして、接するほどにわたしは洸太のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
洸太の方もわたしに好意を持ってくれたようで、別れ際には「今度はふたりっきりで」とデートに誘ってくれたのだ。
行き先は遊園地だった。
そこにある観覧車の中で初めてのキスをしたんだ。あの写真はその時のもの。わたしと洸太の付き合いが始まった証でもある。
生まれて初めての彼氏。
その事実にわたしは最高に興奮していた。
だって『初めて付き合った人と結婚する』というのがわたしの夢だったのだから。
とはいえ、当時のわたし達はまだ学生である。わたしとしては学生結婚でもなんの問題もなかったが、周囲はあまり快くは思わないものだろう。
ふたりが結ばれる時はみんなから祝福されたかった。だから、洸太との愛を育みながら、そういった未来を夢見るだけにとどめていたのだ。
そんな日々を過ごし、わたしも洸太も無事に大学を卒業し、就職することができた。
これでようやく結婚できる。そう思っていたが、新社会人としてのスタートはわたしが考えていた以上に慌ただしいものだった。そのため、結婚話どころか、学生の頃のように頻繁にデートをするのも難しい状態になっていた。
それでも、互いに仕事にも慣れ、生活も落ち着けば、きっと洸太の方からプロポーズでもしてくれるだろうと思っていた。
しかし、そういった頃になっても洸太はなにも言ってきてはくれなかった。
だからといって、こういうことを女のわたしが迫るというのはなにか違う気がする。洸太は大らかな性格だから、将来のことはゆっくりと計画し、綿密な準備をしたいのだろう。わたしはそう自分に言い聞かせていた。
だが、それからまた数年経ち、わたし達の関係は唐突に終わりを告げることになる。
その日、わたしは洸太から電話でこう告げられた。
「遥に大事な話があるんだ。電話で伝えるようなことじゃないから、うちに来てくれないか?」
ついにきたか。
テンションが一気に高まる。真剣な声のトーンに、この内容。さらには、もうすぐ交際十年という節目のこの時期。どう考えたって、わたし達の将来の話に間違いなかった。
わたしは、早速お気に入りの白いワンピースを着た。ここぞというときの勝負服である。
家へと呼び出されたけど、実はどこかのお洒落なレストランでも予約していて、そこで大事な話とやらをするんじゃないだろうか。とはいえ、この際シチュエーションは二の次だ。お洒落なレストランだろうが、彼の家だろうが、はたまたそこら辺の道ばただろうが、場所なんてどうでもよかった。なにせ十年も待ったのだから。
わたしは期待を胸に洸太の家へと向かった。
しかし、待っていたのはあまりにも残酷な現実であった。
洸太はわたしを出迎えるなり「ごめん。おれと別れてくれないか」と土下座をしてきたのだ。
冗談だと思った。だから、その言葉を聞いてもわたしは笑っていた。
「おれ、数年前から浮気をしていたんだ」
しかし、冗談にしては
「わかってる。全部おれが悪いんだ。でも……すまない、おれのことは忘れてくれないか?」
いい加減にしてほしい。もうそろそろ終わりにしてくれないと、わたしだって耐えられない。
「じつはさ、その相手の女の子が妊娠しちゃったんだ。でさ、おれも男としてケジメをつけなきゃって思ってるんだ。だから、遥、本当にごめん」
洸太がおでこを床にこすりつける。
その姿を見て、ようやくこのことこそが洸太の言っていた大事な話そのものなのだと理解した。
色んな感情が一気に押し寄せてきて混乱していたのだろう。わたしは口を開いてみるも、そこから漏れるのは
罵ることも、泣いてすがりつくこともできずにいたわたしは「わかった」という一言をなんとか絞り出し、その場から逃げ出していた。
こんなのあんまりだ。他に女ができたから別れてくれなんて……。これまでのわたしの十年はなんだったんだ……。
憎くて、恨めしくてしょうがないはずなのに、頭に浮かぶのは洸太と過ごした思い出ばかり。ひとつの楽しかった出来事を思い返す度に、涙がぽろりと頬を伝う。我慢しようとしても、堪えようとしても、涙が止まることはなかった。
こんなにもつらいのなら、洸太のことをすべて忘れてしまいたい。緊張の初対面から、胸が張り裂けそうな別れまで、すべてなかったことにしてしまいたい。
心からそう願った。
――そして、わたしは本当に洸太のことを忘れてしまったのだ。
これがあの豪雨の日にあった真実である。
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