飲み会


 理央から誘われた飲み会の日になった。

 場所はチェーン店の居酒屋だ。アラサーの女子会にしては華やかさの欠片もないが、こういった飾らない場所のほうがわたし達には合っている気もする。


「それじゃあ、三人の変わらぬ友情にかんぱーい!」


 理央のかけ声とともにビールジョッキをカチンと合わせる。そして、それぞれがぐいっと金色の液体を流し込んだ。


「ぷはーっ。身にしみるわー!」


「本当、本当」


「やっぱビールが一番よねー」


 三人とも生粋のビール党なのだが、他人(特に男の人がいる場合)と飲む時は最初の一杯くらいだけで、それ以降はあまりビールには手をつけない。ビールは女子力が高い飲み物ではないため、あんまり好き勝手に飲むと周りから引かれてしまうのだ。だからこそ、こういった気の置けない仲間との飲み会では、最初から最後までビールを貫くようにしていた。


「しっかし、あれよね」


 飲み会も進み、酔いも回ってきた頃、紀子がわたしの肩を叩いて言った。


「こうして遥や理央と飲んでたら、やっぱり男なんていらないって思うわ。この歳になると周りで結婚していく友達とか多いけど、わたしなんか全然そんな予定もないしさ。もうこのまま独身でもいい気がしてきたよ」


 その言葉に理央も焼き鳥を頬張りながら同調する。


「わたしも。いまは仕事が楽しいからさ、そういうのは当分いいかなって感じ。ま、親は急かすんだけどね。でもさ、男なんて星の数ほどいるんだから、自分に合った相手をゆっくり探せばいいって思うわ。そうじゃない?」


 わたしはふたりと違って結婚願望はある。

 でも――でも、そうだ、相手がいない。星の数ほどいるとはいうが、わたしは今まで男性と付き合ったことすらないのだ。だからこそ、わたしは初めて付き合った人と結婚したいと夢見ていた。


 だけど、この流れで「わたしは結婚したい!」なんて言えるわけもない。なので、わたしは微笑んでこんな冗談を飛ばした。


「それじゃあ、いまから十年経ってもみんな独身だったら三人で暮らしちゃう? きっと楽しいわよ」


「お、いいねぇ。わたしも遥と理央の三人でだったら一緒に住むのもありだと思うわ」


「本当、それ名案じゃーん! じゃあさ、今日は将来同居する仲間の結束を高めるために朝までいっちゃう?」


 自分で言っておいてなんだが、わたしはやっぱり結婚はしたいから、そうなるのはできれば避けたい。でも、二人と一緒にいるのは楽しいのも事実だ。だから、もしわたしの夢が叶わなかったとしたら、それもありなのかもしれないなと思った。

 とはいえ、それと今日朝まで飲み明かすこととは話が別だ。なにせ、今のわたしにはコータがいる。わたしは、帰ってコータの晩ご飯を準備してあげなければならないのだ。


「あー、ごめん。わたしさ、家に帰ってコータにご飯あげなきゃならないから、さすがにオールは無理だわ」


「え?」


 わたしが素直に断ると、なぜか賑やかだった場の空気ががらりと変わった。先ほどまで饒舌だった理央と紀子の二人は口をつぐみ、息を呑んでいる。

 どうしたんだろうと思ったが、わたしはすぐに二人の反応の原因を察した。


「あ、違うからね。なんか勘違いしているかもしれないけど、コータって最近飼い始めた猫の名前よ。しかもメス猫ね。黒猫なんだけど、めちゃくちゃ可愛いんだから」


 しかし、わたしが発言を訂正したところで二人の顔は晴れなかった。


「あ、ああ、そうなんだ、猫の名前なんだ……」


 紀子はそう言いながらも困ったような表情を浮かべている。

 理央に至っては、怪訝そうな顔でわたしの顔をのぞき込んでいた。


「……なによ、二人とも。いったいどうしちゃったのよ。わたし変なこと言った?」


 わけがわからない。わたしは、コータという飼い猫のことをしゃべっただけ。二人が猫嫌いという話は聞いたこともないし、もしそうだったとしても他人のペットのことなど聞き流せばいいではないか。こんな反応をされるのは心外だ。


 わたしがひとり心の中で憤っていると、理央がぽつりとつぶやくように尋ねた。


「ねえ、遥。あなたの方こそどうしちゃったの?」


「……どういう意味?」


「だって、遥の猫の名前――」


 これ以上理央の話は聞いてはダメだ。


 直感的にそう思った。


 だから、わたしは話を遮るように机をバンと叩くと「今日はもう帰るね。コータも待っているだろうしさ」と言い残し席を立った。理央と紀子の引き留める声が背中にかかったが、わたしはそれを無視して足早に居酒屋を後にしていた。

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