奇妙な写真


 動物病院での検査の結果、コータは健康そのものとのことだった。その後、ワクチンを打ってもらい、帰りにキャットフードなどの必需品を一通り買った。

 正直なかなかの出費ではあったが、これでコータが喜んでくれるなら安いものだ。それくらい、わたしはコータとの新しい生活に期待していた。


 そして、実際の新しい生活は期待以上に充実したものであった。


 以前は、仕事に疲れて帰っても、誰も出迎えてはくれなかった。食事もひとり。眠るのもひとり。起きるのもひとり。孤独であることを感じないように、ただ機械的に日常をこなしていた。


 でも今は違う。


 家ではコータがわたしの帰りを待ってくれている。ご飯も一緒に食べる。夜は「おやすみ」とわたしが頭をなでて床につき、朝はコータが顔を舐めて起こしてくれる。どんなに上司に嫌味を言われても、コータの顔を見れば忘れることができた。

 そんな日々を過ごし、一週間ほど経ったある日のことだ。


 わたしは、家でお気に入りの赤いソファーに座ってくつろいでいた。そして、そんなわたしの膝の上にはコータがいる。赤いソファー以上に、わたしの膝の上がコータのお気に入りの定位置となっていた。

 こうしてコータをなでながら、缶ビールを片手に海外ドラマを観るのが、今のわたしにとって一番心が休まる時間だった。


 今日もそんな風に過ごしていたのだが、唐突にその時間が中断させられる。

 プルルルと充電中のスマホが鳴ったのだ。


 わたしは、この癒しの空間を邪魔されたことにむっとしたが、さすがに鳴動し続けている電話を無視するわけにはいかない。コータを床下に下ろすと、充電器のある戸棚の所まで向かう。


 と、ここで不意に違和感を覚えた。


 スマホの充電器の隣にフォトフレームが置いてあるのだが、その中身の写真がおかしいのだ。


 自撮り写真のようなのだが、遊園地の観覧車の中で、わたしが、ひとりで、満面の笑みをこぼし、ピースサインをしている。


 まず、こんな観覧車に乗った記憶がない。そもそも、ひとりで遊園地になんか行くわけがない。さらには、自分しか写っていない写真を部屋に飾るほどナルシストのつもりもない。でも、写真がこうして残っているということは――


 プルルルル。


 わたしの思考をスマホのコール音が遮断する。


 そうだ。今は考え事をしている場合じゃない。早く電話に出なければ。


 わたしは、得も言われぬ不安をぬぐい去るかのように慌ててスマホを手に取る。電話の相手は大学の頃からの友人の理央りおだった。


「もしもーし。遥ぁ?」


 スマホを通して明るい旧友の声が聞こえ、わたしはほっと胸をなで下ろす。


「理央? どうしたのよ、急に」


「いやさ、遥、元気にしてるかなって思ってさ」


「なによそれ。まあ、わたしはぼちぼちってところかな。そういう理央は元気にしてるの?」


「ああ、わたしは、うん、元気よ。それでさ……もし遥が平気ならでいいんだけど、今度飲みに行かない? 紀子のりこも誘って女三人でぱーっと騒ごうよ」


 紀子というのは、理央と同じく大学の時に知り合った友人である。わたしと理央、紀子の三人は、馬が合い、よく一緒にいたものだ。でも、最近は会う機会も少なくなってきた。それぞれが社会人となり忙しい日々を送っているため、学生の頃のように気軽に連絡を取り合えなくなっていたのだ。


「いいわね、それ」


 理央からの久しぶりの飲みの誘いとあって、わたしは二つ返事で快諾していた。


「本当? それじゃ、日にちなんだけどさ――」


「――うん、わかったわ。それじゃあ楽しみにしてるね」


 日程も無事決まり、わたしは通話を終える。


 それにしても、わたしに理央と紀子、三人で会うなんて何年振りだろうか。かれこれ三年くらいは空きがあるかもしれない。学生時代は、暇さえあればいつだって三人で遊んでいたんだけどな……。


 懐かしい日々が脳裏に浮かび、わたしは自然と笑顔になっていた。


 この時には、先ほどの写真の違和感などすでに頭から抜け落ちていた。

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