飼うことの責任
翌朝は昨晩とは打って変わって快晴だった。
そんな中、わたしは行動に移した。
コータはこのマンションで見つかったのだから、もし飼い猫だったら、飼い主はこのマンションの住人という可能性が一番高い。だが、何十もある部屋をひとつひとつ回ってコータの飼い主かどうかを尋ねるのは、さすがに骨の折れる作業である。
そこで、わたしが考えたのは、瀬野さんに尋ねてみることだった。ここに住んでいる人の大半は瀬野さんのことを信頼しており、恋愛相談をしている人もいる。だから、マンション住民のペットが逃げ出したという情報があれば、瀬野さんの耳に入っていないはずがないのだ。
わたしは、早速コータを連れて管理人室へと向かった。
「瀬野さん、おはようございます」
「おー、遥ちゃん、おはよー。……って、その腕に抱いているのは?」
瀬野さんは笑顔で挨拶を返すも、わたしの腕の中のコータの姿を見てすぐに眉をひそめる。ペット可のマンションの管理人をやっているが、実は動物があまり得意でないという話を聞いたことがあったが、どうやら本当らしい。
それはともかく、わたしはコータと出会ったいきさつを説明した。
「じつはこの子、昨晩わたしの部屋の前にいたんですけど、もしかしたらこのマンションの誰かが飼っている猫なんじゃないかって思ったんです。ペットが逃げちゃったとか、そういう相談を受けていませんか?」
「いや、いまのところそういう話は聞いてないなぁ。……ていうか、そもそもその黒猫、野良よ」
「え? どうしてわかるんですか?」
瀬野さんがあんまりにもあっさりと断言するものだから、わたしは面を喰らってしまった。
「だって時々そこらへんを歩いているの見かけるもん。なにより――」
瀬野さんは自分の耳を指さす。
「――耳がV字に欠けているでしょ? これって避妊手術をした野良猫の印なのよ」
そんなルールがあったなんて知らなかった。なんだか無知をさらしたようで恥ずかしい。とはいえ、この話はわたしにとって朗報といえた。
「それじゃあ、わたしがコータのこと飼っても問題ないってことですか?」
「ん? コータってその猫のこと?」
「あ、はい、そうです」
「でも、その猫ってメスじゃないの?」
「すごい。よくコータがメスってわかりましたね」
瀬野さんにはコータのお尻は見えていないはずだ。それなのに、性別をずばり言い当てたことにわたしはまたしても驚いてしまった。
「ああ、別にたいした理由じゃないわよ。この地域じゃ、去勢手術をしたオス猫には右耳に目印を、避妊手術をしたメス猫には左耳に目印をつけているからわかったってだけ」
「なるほど、そうだったんですね。じつはコータって名前を決めた後に女の子だってわかっちゃったんですよね。でも、この子はコータって名前がピッタリな気がして……」
「ふーん。ま、それはともかく、遥ちゃんはさ、その黒猫――コータを飼おうと思っているの?」
「はい」
笑顔で答えるわたしに、瀬野さんは今まで見たことないくらい真面目な表情を作ってこう言った。
「ここはペット可のマンションだから、飼うことに対して反対はしない。でもね、これだけは覚えておいてね。生き物を飼うということは、その命に責任を負うってこと。無責任に途中で投げ出したり、逃げたりするのだけは絶対にダメだからね」
小学生への注意勧告みたいだと思った。さすがにわたしだっていい大人なのだから、そのくらいの責任は瀬野さんに言われなくても重々承知しているつもりだ。なので、わたしは「もちろんですとも」と大きくうなづいてみせた。
「……ま、そういうことならいいんじゃないかな。その子も野良やっているより、遥ちゃんに飼ってもらうほうが幸せだろうしさ。あ、それから、ちゃんと一回動物病院には行かなきゃダメよ。避妊手術は済ませているだろうけど、なにか病気を持っている可能性もあるし、ワクチンとかも打たなきゃいけないだろうから」
「そうですね。わかりました」
これで、正式にコータをわたしの家で飼えることとなった。でも、今日は色々とやることが多そうだ。まずは動物病院に行って、それからキャットフード、ケージに猫砂、それからおもちゃ、他にも必要な物も買い揃えなくては。
これは忙しくなるなと思いながらも、わたしの気分は弾む一方であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます