第218話 魔法陣

「で、聖女様としてはどうするつもりなの?」

「むう、その呼び方はちょっと嫌かな。まあ、とりあえずご飯にしましょ」

「はっ?」

「別に、今すぐ危険にさらされているわけでもないし、お腹が減ってたらネガティブになるでしょ?」

「でも、日帰り探索の予定じゃなかったの?」

「うん?予定はね。でも、このマジックバッグの中にいつでもある程度の物は入れてあるから」

「そっか、じゃあ少しは時間掛けてもいいのね」


あたしとナミがそんなやり取りをしていると、横から瑶さんが笑いながら声を掛けてきた。


「はは、少しなんてもんじゃないよ。朝未の作った保存の効く食料はほぼその中に入っているからね。他にも道具類や予備の武器防具、着替えなんかも入っていて、生鮮食品が無いのを我慢すればこの人数でも月単位で不便は無いかな。魔法もあるから中々に快適に過ごせるよ」


そんな瑶さんの言葉を聞きながらメニューを考える。


「うーん、とりあえず今回はパスタで簡単に済ませようかな」





で、ランチを出したのだけど。


「ねえ、朝未。これはどういうことなの?」

「うん?どうって、パスタランチ。口に合わなかった?」

「いえ、とっても美味しいわ。じゃなくって、テーブルセットに陶器の器にペペロンチーノとコンソメスープにデザートのフルーツまで。ダンジョンでの食事じゃないでしょこれ」

「え、テーブルについて食べたほうが食べやすいし、パスタやコンソメスープは保存食だから使いやすいし、フルーツは早めに食べないと悪くなっちゃうから」

「そういうことじゃなくって……。だいたい、そのマジックバッグにどれだけの物を入れているのよ?」

「この中?うーん、物置的に使ってる面もあるから沢山としか言いようが無いかな」


お昼は突発だったからパスタとスープだったけど、夕飯に向けてパンを焼く準備もしておこう。



ランチのあと片付けも済ませて今はみんなくつろいでいる。そこに瑶さんがそろそろと声を掛けてきた。


「さてと、そろそろ対応策を考えようか」


緩んだ空気の中、瑶さんがみんなに声を掛けてきたので魔法陣の前にみんなで集まった。


「繰り返しになるけど、マルティナさんの知っているおとぎ話では、勇者と聖女が力を合わせてって事になっているんですよね」


「力を合わせてって、ラノベ風に考えればボス討伐だと思うのよね」

「でも、この部屋にはボスどころか魔物自体がいないよ」


あたしが、軽い気持ちで口にしたボス討伐にはユキが反論してきた。

まあ、当然と言えば当然のことではあるわね、いないものとは戦えないもの。


「なあ、何かギミックがあったりするって線は無いか?それを勇者と聖女が力を合わせて解除したとかさ」

「ダイさん、それはありそうね。でも、それだと勇者と聖女である必要も無いように思えるのだけど」


ダイさんの意見はみんなに一定の理解と可能性を示してくれた。でも、勇者と聖女のお話に出すようなものじゃない気もするのよね。


「そう否定から入るものじゃないよ朝未。とりあえずギミックの可能性を考えて部屋を調べてみよう」

「う、そうですね瑶さん。ごめんなさいダイさん」

「そうとなったら、2人ひと組で手分けして調べてみよう」


あたし達は剣の柄で壁を叩き、床にはいつくばって目を凝ら部屋を細かく調べる。


「この継ぎ目は、……剥がれないか」

「叩いても音の違う場所は無いね」


1日掛けて部屋を調べたけれど、それらしいものは発見できなかった。


「普通のギミックは無さそうだね」


みんなが調べた結果を瑶さんがまとめ、少し考えこんだ。

そこでふっとそういえばと思う事が……。あたしは魔法陣に近づいてみた。


「ん?朝未何か気になる事でもあった?」

「気になるというか、うっかりしていたんです」

「うっかり?」

「ええ、あたし普段から探知魔法を常に展開しているんですけど、敵意とか大きなマナ反応しか最近は意識してなかったんですね」

「まあ、索敵として展開しているなら当然そうだろうね」


そう、あまり小さなマナを拾っていては小動物や虫まで気にしないといけない。感情にしても敵意以外まで気にしていたらキリがない。だから、むしろ今はそういった小さいものに注意を向ける。


「あった!!」


あたしが思わず大声を上げると、みんなが寄ってきた。


「何を見つけたのかな?」

「この魔法陣からほんの少し、本当に僅かな弱い魔力の糸が2本出ています。そして、その1本の糸はあそこの壁につながっていて……」


あたしは、その場所を指さし


「そこで魔力が剣の形をした模様になっています」

「なるほど、それでもう1本は?」


あたしは部屋の反対側の壁を指さす。


「あそこです。あそこに模様が、あれは何かの花かな。向こうの百合に近い形ね」


そうして、その花の形を説明するとあたしの言葉にみんなは口をつぐんでしまった。

それはそうよね、あたしはマナセンスで見ているから見えるけど、普通の目視では見えないもの。


「朝未様の言われる花。ひょっとするとクラーシャかもしれませんね」


僅かな沈黙の後、マルティナさんが花の名前を教えてくれた。


「クラーシャですか?」

「はい、伝説の植物なのですが、聖なる植物といわれ、その花はあらゆる穢れを祓うとされます。聖女を象徴する花でもありますね」




「あ、見えた。これなのね」


突然ユキが叫んだ。


「え、ユキ見えるの?」

「そりゃそうよ。朝未が教えてくれたんじゃないの。マナセンス」

「あ、そっか。ユキは探知魔法も使えるようになったんだったわね」

「でも、よく気づいたわね。これ物凄く薄い魔力じゃないの。あたしは、言われてピンポイントで見たから気づけたけど、言われなかったら気づけないわ」


「それでも、ユキさんにも見えるってことは、朝未の勘違いでもなく、間違いなくそこにあるってことだね。あとは、それがどんなギミックなのかだけど」

「瑶さん、これもうヒント出てると思うの」

「ヒント?」

「ええ。魔力で書かれた絵なんてもう、そこに魔力を注げって言っているようなものだと思うの」

「とすれば、私がこちらの剣の描かれているという場所に魔力を注いで、朝未がそっちの花の絵に魔力を注ぐってことかな?」

「多分、そうだと思います。やってみましょう」

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