第217話 勇者と聖女

「さて、これが問題の開いた扉なわけだけど……」


「誤魔化したわね」

「誤魔化したね」

「誤魔化したな」


ユキ達3人が何か言っているけど、無視ね。


「扉なんだけど」


「また、あれをやられるよりはマシでしょ。話に乗るわよ」


どうやらナミが纏めてくれるらしいわね。

知らない顔をして話を進めることにしよう。


「見た通り、見える範囲には何もないのよね」

「なら、何を迷ってんだよ。行こうぜ」

「あ、ダイさん。ちょっと」


止める間もなくダイさんが入ってしまった。


慌てて扉にシルバーメタル製の楔で扉止めをして、あとに続いたあたし達の前にまた別の魔法陣がある。

ただ、先のモンスターハウスの魔法陣と違って、こちらは描かれているだけで、何も起きない。


「これは、壊すんじゃなさそうね」

「というより、起動してないんじゃないかしら」


思わず、こぼれたあたしの言葉に、ユキが反応してくれた。ラノベ仲間のユキならでわね。

でも、こればかりは、魔法が使えるとかどうとかではなく、あるとするならこの世界の魔法陣についての常識の問題だと思うのよね。

あたし達の視線は自然とマルティナさんに向いた。


「わたしですか?」

「ご存知の通り、あたし達は異世界から召喚されただけなので、この世界の常識が不足しています。マルティナさんの知る一般的な常識の中にこういった魔法陣の情報はありませんか?」


あたしの問いかけに、少し考える風な様子を見せ、マルティナさんがそう言えばと口を開いた。


「おとぎ話の中に、このような魔法陣の話がありました」

「どんな話ですか?」


「勇者と聖女が魔王を打倒する旅をするのですが、その過程でダンジョンに挑んだ際にトラップにかかり閉じ込められるんです。そこに現れるのが……」

「起動していない魔法陣ですか?」


マルティナさんの話にあたしが挟んだ言葉にマルティナさんは頷いた。


「そして、その魔法陣を起動させて勇者と聖女は脱出するのです」

「起動させる方法は?」


思わずあたしは前のめりになって聞いてしまった。


「そ、その正確なところはなんとも言えないんです。なんと言っても子供向けのおとぎ話なので、勇者と聖女が力を合わせて起動させたとしか……。お役に立てずすみません」


と、その時


”バキン、ガタン”


あたし達の後ろで不吉な音がした。





「開かないわね」


閉まってしまった扉に手を掛けていたナミが諦めたように呟く。シルバーメタルの楔は見事に破壊され粉々になって散らばっている。


「まさかシルバーメタルの楔が壊れるほどの力で閉まるとは思わなかったわね」

「ふむ、朝未、魔法で壊せないかな?」

「やってみます。みんな少し離れて」


さっきは魔法陣を壊せたし、一番害がなさそうだから


「ホーリーレイ」


戦闘中でもないので魔力マシマシで放ったホーリーレイは、何の手ごたえも無く素通りしていった。


「次、ストーンミサイル」


これも魔力マシマシで放ったストーンミサイル。これは半分以上物理だから……


”ガンガン、ガンガン”


盛大に打撃音を響かせて拳大の石が扉に降り注ぐけど……。


「びくともしないね」


そこから一通り各属性の魔法をぶつけてみたものの扉を壊すことは出来なかった。


「傷ひとつ付いてないね」


あたしががっかりして呟くと、瑶さんが聖剣を持ち出した。


「ちょ、瑶さんそれはちょっと危ないんじゃ……」


あたしが言い切らないうちに聖剣を白く輝かせ、瑶さんが扉に切りつける。


”ガガガッ”


派手な音を響かせるものの、扉は瑶さんの振るう聖剣の攻撃に耐えた。

むしろ天井からパラパラと何かの破片が落ちてきているのが怖いわ。


「まさか」

「あれに耐えるの?」

「嘘だろ」


あまりの事に驚きの声を上げる。ユキ、ナミ、ダイさん。

あたしもビックリだわ。まさかリアルに破壊不能オブジェクトがあるなんて。


「驚くほど頑丈だね。魔力をもっと込めれば威力はまだ上げられるけど……」


あ、一応手加減はしたのね、でもやめて欲しいな。


「瑶さん、それは止めましょう。むしろ天井が崩落しそうです」




あたし達は、再度起動していない魔法陣の前に来ている。


「マルティナさん。おとぎ話では勇者と聖女が力を合わせて魔法陣を起動させて助かるんですよね」

「ええ、そうです。ただ具体的にどのようにしたのかまでは伝わっていないのです」

「それでも、ヒントがあるだけマシね」




「ねえ、朝未。聖女は朝未がいるからわかるけど、勇者は?」

「まさかナミ気付いてない?瑶さんが聖剣を本来の性能で使っているのはわかるわよね」

「え?じゃあ、今世の勇者って瑶さんなの?」


どうやら本気で気付いていなかったらしいわね。ユキはなんとなく気付いている風だったからナミにも話していると思っていたのだけど。


「多分ね」

「多分って、重要なことなのに随分といい加減なのね」

「だって、この世界ってラノベの異世界転移みたいにステータスボードとかないし、職業を確認できる鑑定魔法とか魔道具なんてのもないんだもの。実績で判断するしかないのよ」

「ああ、だから多分、なのね」

「そ、でも例えばあたしの使えるリザレクションは聖女にしか使えないってことになっているから、あたしは多分聖女。聖剣を扱えるのは勇者だけということになっているから聖剣の性能を引き出せた瑶さんは多分勇者、ってこと」

「そっか、それで聖剣を振り回すことが出来たからダイは勇者ってことにされてたのね。本来のその力が使えるかどうかは別にして」

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