第205話 護衛の引継ぎ

国境を越えた後は特に何事もなくあたし達の拠点クリフまで移動できるはずだったのに。


「いやあ、ルハブールにまでは来れたものの、そこまでで護衛が全員負傷して脱落したときにはどうしようかと思ったけど、4級ハンターパーティーに護衛してもらえるようになるとは助かったよ」


そう、ベルカツベ王国に入国したあたし達は、クリフに向かって移動していた。その途中立ち寄った街ルハブールで、宿を紹介してもらおうとハンターギルドを頼ったのだけど、そこにいたのが行商人のジャニュエルさん。

ここ最近いつも頼んでいるハンターを護衛に雇って移動していたそうなんだけど、想定以上の魔物に襲われて護衛のハンターが全員大けがを負ったそうなのよね。幸いにしてジャニュエルさん本人と荷物は無事だったそうなんだけど。


とは言っても、ここまで護衛してくれたハンターがリタイアしたのでジャニュエルさんは動きが取れなくなってしまい、ハンターギルドに、「守ってくれたのだから文句は言わないが、代わりの護衛を準備してくれ」と言ったんだとか。


ハンターギルドとしても代わりを紹介したかったようだけど、残念ながらジャニュエルさんの目的地まで護衛が出来るだけの強さのあるハンターが出払っていた。

そんなところにあたし達が宿を紹介して欲しいと立ち寄ったのよね。


その時のやり取りを思い出してあたしはため息をついた。




「こんにちわ。宿を紹介して欲しい。安全と食事重視で。値段は多少高くても構わない」


ハンターギルドの受付で、瑶さんがハンター証を見せながら声を掛ける。


「はい、それでしたら、カルデネーロ館が安心だと思います。場所は、ギルドを出て右へ突き当りになります」

「ありがとう。行ってみる。ところで、あちこちでアンデッドが増えているようだけど、このあたりの状況はどうなんですか?」

「そう、ですね。話に聞くトランに比べればかなりマシですが、やはり増えてますねアンデッド。というより、アンデッドに追い出されるようにアンデッド以外の魔物も街道に出てくるようになってるんですよ。さっきも護衛の5級ハンターがケガで護衛が続けられなくなったって話があったばかりなんです」

「5級ハンターがですか?それは随分と危ない状況ですね」

「それでも、護衛対象が無事だったのとハンターもケガで済んだようなのが不幸中の幸いでした。まあさすがに5級ハンターパーティーが負けるほどの状況は少ないんですけどね。あ、そういえば暁影のそらさんは拠点はクリフなんですね」


受付のお姉さんがニッコリと笑った。ちょっと嫌な予感がしたのよね。


「え、ええ。少しトランルーノ聖王国に用事がありまして。今は知り合いを連れてクリフに戻るところです」

「クリフに戻られる途中なんですね」


あ、お姉さんの目がキラリと光った気がする。


「え、ええ。知り合いを3人護衛しながらって感じです」

「な、ならついでにこちらの依頼を受けていただけませんか?」

「いや、だから……」

「先程のケガで護衛がいなくなったって話なんですが、護衛対象はクリフに向かう商人なんですよ。で、さすがに護衛無しでは危ないということで代わりの護衛を手配するように依頼されまして……」

「いや、それ私達が受ける理由にはなりませんよね」

「それは、そのそうなのですが、実は、護衛対象の商人さんがとりあえず、ご本人も積み荷も無事だったので、代わりの護衛を手配出来れば失敗扱いにはしないと言われまして、出来れば受けていただけると、そのケガをした護衛のハンターも違約金の負担がなくなり助かるのですが」


「とにかく、ここで即答できるような話ではありません。報酬面含め話し合いをしてきます」


お姉さんの圧に瑶さんが妥協案を出した。


「あ、ありがとうございます」

「まだ、受けると決めたわけじゃありませんからね」

「え、ええ、それでもありがとうございます」


もう、これって断れない流れじゃない?



で、冒頭の流れに戻るわけなのよね。

あたしとしては、秘密てんこ盛りの現状では断りたかったのだけど、小雪と真奈美が特に同情的になっちゃったのよね。大地さんもお人好しを発動して


「剣を借りてますし、俺も戦いますから」


だってさ。でも、多分まだ護衛は無理だと思う。




「右方向、木の陰に5体います」

「ファイヤーボール」


あたしが指摘した場所に小雪が魔法を放つ。


「ドゴン」

「ギャン!」


着弾と同時に火球が弾け、魔物の悲鳴が響いた。

続けて瑶さんを先頭にあたし達はそれぞれの武器を手に駆け寄り魔物に止めを刺す。


「じゃ、森に捨ててくる。その間の警戒は頼むね」


あたしと瑶さんで仕留めた魔物の死体を街道そばに放置するわけにはいかないので引きずり少し離れた場所まで運ぶ。


「このあたりなら良いかな」

「ホーリー」


街道から見えない辺りまで移動し、ホーリーで処分する。魔物の死体が崩れ落ち、残った魔石を手にみんなのもとに戻る。

既に魔物相手の戦闘はルーティンになった。



「いつも、こんな感じなんですか?」


大地さんとジャニュエルさんが話しているわね。いつの間にか仲良くなってみたい。


「いや、以前はこんなじゃなかったね。こんなになったのはこの1年くらいかな。確かに以前から魔物はいたけど、街道を移動している限り数日に1度程度しか襲われるなんてことは無かったよ。ところが最近じゃ毎日何度も襲われる。特にアンデッドが増えてね。やっかいだよ」

「盗賊はどうですか?」

「盗賊は、少し減ったかな?ただ残っている盗賊は格段に手強いけどね」


あら?これフラグだったのかしら。


「おしゃべり中止。前方の街道脇両側、あそこの茂みに潜んでいる盗賊らしき存在がいます」

「大地、早速のフラグ回収ね」


真奈美が大地さんに何か言っているけど、あまり時間ないのよね。


「瑶さん、マルティナさん、いきます。ファイヤーボール、ファイヤーボール」

「え?朝未、いきなり魔法を人に向けて?」

「小雪、何を言っているの。この世界では人が一番恐ろしいのよ」


あたしのファイヤーボールが着弾したあたりの茂みから盗賊がよろよろと姿を見せた。


「瑶さん、マルティナさん前方を頼みます。ファイヤーボールでダメージを与えてありますけど、多分10人近くいます。あたしは後ろから来る2人を迎え撃ちます」

「わかった。朝未、後ろはまかせた」


あたしは急いで荷馬車の後ろに回って探知魔法の情報を目視で確認する。50メートルほど後ろから茂みの陰に隠れながら近づいてきている。この魔物が活性化している中で活動しているだけあって今まで見た盗賊に比べて動きが良いわね。あれなら普通にハンターとか傭兵で稼げると思うのだけど、性格の問題かしらね。


あまり遠くからだと魔法も避けられる可能性もあるから、もう少し引き付ける。あたしの見た目は防具の上にローブを着ているから前の戦闘から距離を取ったように見えるはず。魔法を撃った瞬間を見られていなければだけど。


あたしは、前の戦闘に気を取られているフリをしつつ、探知魔法でさぐる。あと15メートル。10メートル。今……。


「ファイヤーアロー」


右側の茂みから飛び出してきた盗賊に魔法を撃ち、すぐにショートソードを抜き放つ。


「な、魔法使い……」


相棒が魔法に斃れ、動揺しているもう一人の盗賊に駆け寄り剣を振り首をはねた。

2人の盗賊が動かないことと、念のため後続が居ない事を確認して、前に向かう。

あたしが、駆け寄った時には、既に戦闘は終わっていた。


マナセンスで周囲の盗賊だったものが本当に死んでいることを確認してさらに、探知範囲を広げる。ここで使える全属性の探知魔法を展開、半径500メートルの範囲に盗賊も魔物も反応が無い。


「瑶さん、マルティナさん。後続はもういないようです。盗賊の死体の処理を……」


あたしがそこまで言ったところで青い顔をした小雪達が近づいてきた。


「あ、朝未、盗賊って言っても人よね。それをあんな風に殺すなんて」


ああ、そうか3人は人を殺したことがないのね。


「この世界では、盗賊は見つけ次第殺すことになっているの」

「殺さなくても、捕まえて衛兵に引き渡すとか……」

「一緒よ、あたしが殺すか、衛兵が殺すかの違いだけ。それに街まで連れて行く間に逃げられたりしたら逆に攻撃されるわよ」

「そ、それにしたって警告もなく魔法を撃ったわよね。それに追い払うだけでもいいんじゃないの?」

「開けた場所で見えるように休んでいたのならともかく、藪の陰に隠れていた以上盗賊と見なして気づいたなら先制攻撃するのが当然なの。それに追い払うだけというのは別の誰かが殺されるって事。見逃す理由はないわ」


言い切ったあたしの顔を3人が黙って見つめていた。

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