第204話 呼び方

「どうにか無事に国境を越えられたね」

「そうですね。検問所で止められないかだけが心配だったので、ホッとしました」


今あたし達は、雪ねえ達3人の旅人を護衛するハンターという形で移動している。暁影のそらの増員という形も考えたのだけど


「いきなり4級ハンターパーティーに増員するのは不自然だろう」


という瑶さんの言葉にマルティナさんが提案した形。そして、今は国境のベルカツベ王国側の町の宿の部屋でくつろいでいる。


「なんといっても3人は身分証明書が無いからね。こういう時にまで4級ハンターの肩書きが有効だとは思わなかったけど」


笑いながら瑶さんが言っているのは、国境の検問所でのやり取り。身分証明書の提示を求められたときに瑶さんが突っぱねた時の話ね。


「田舎出身で身分証明書が無いから、知り合いに頼まれた4級ハンターパーティーが拠点に帰るついでに引率してるってかなり無理がある気がするのよね」


さすがにあれはとあたしは呆れた声をだしてしまった。


「あはは、確かに。影井さん、検問所の人、あれは普通なら通さないって顔してましたよ」

「まあ、こんな時くらいしか今のところ役に立ってないんだからいいいんじゃないかな」


マーねえがあきれ顔で笑うと、瑶さんは気軽に流した。でも、流していいようなものかしら?


「いざとなったら強行突破かなって思って覚悟はしてたから、思ったよりすんなり通れてよかったよ」

「ちょっと、ラグビー兄さん。あたし達はれっきとしたハンターパーティーなんだから、検問突破なんかしないからね」

「大地」

「え?」

「小雪も真奈美も名前からの呼び名だろ。俺の名前は大地だからな。まあ、今じゃ見た目では俺たちの方が年下みたいに見えるし……」

「うーん、じゃあ大にいで」

「朝未ちゃん、俺の言ってたこと聞いてた?今じゃ俺たちの方が年下に見えるからって言ったよね」

「そう言いながら、あたしのことはちゃん付けって変じゃない?」

「う、ぐっ。じゃ、じゃあ朝未さんならいいよね。これなら俺の事も大地って呼べるよね」


拘るわねえ。まあラグビー兄さんって呼び方はこの世界ではちょっとまずいかもしれないので、呼び方を変えるのは、あたしとしてもやぶさかでないのよね。


「うーん、じゃあ大地さん。これ以上は無理かな」

「う、まあわかった。とりあえず、それで」


ラグビー兄さん、もとい大地さんとの呼び方に決着がついたと思ったら雪ねえとマーねえが迫ってきた。


「ねえ、朝未。わたし達の呼び方も変えるわよね」

「え?ええ?」


「朝未から雪ねえ呼びされること自体は慣れてるし違和感はないんだけどさ。その周りの目がね」

「そうそう、ぱっと見、年上にお姉さん呼びさせているようにみえるでしょ」

「うーん、多分それは気のせいだと思うけどなあ。日本語だし」


「あ……」

「でも、こっちの世界の言葉ではまずいでしょ?」


雪ねえが一瞬諦めそうになったのに、マーねえが食い下がってきたわね。


「でも今更、雪ねえを小雪さんとかマーねえを真奈美さんなんて呼ぶのはちょっと嫌なんだけど」

「……そうね、日本では朝未の面倒を見てきたつもりではあるけど、この世界では朝未に命を助けられたわ。だからこれからは姉替わりと妹分じゃなく、対等の関係。小雪と朝未ならどう?」

「え、それって雪ねえを呼び捨てにするってこと?」

「そうよ。大体朝未は、命の恩人なんだから本当は朝未が上でもいいくらいなんだからね」

「う、ぐ、でも」

「ほら朝未、ちゃんと呼んでね」


「……、こ、小雪」

「声が小さいなあ、聞こえないわよ」

「小雪!!」

「はい、よくできました」


そう言うと雪ねえ、いや小雪は、あたしに抱きついてきた。


「朝未、本当にありがとう。あのままでは、たとえあの時生き残れたとしてもトランルーノ聖王国の操り人形、いえ、人間兵器として使い潰されていたわ。あなたはわたし達の命だけでなく、人としての尊厳も守ってくれたの。どんなに感謝してもしたりないわ」


そんなあたし達に横からマーねえが言葉を挟んできた。


「そう、そしてそれは小雪だけじゃないの。私だってそうよ。それに、私や小雪は女よ。あのまま隷属の魔法道具の支配下に置かれていたら望まない相手の子を産まされていたでしょう」


「え、そんなさすがにそれは……」

「無いとは言えないだろうね。国としては優秀な遺伝子は手元に置きたいだろう。この世界の発展具合からすれば、そこに本人の意思は無視されると考えるのが自然だよ。だからこそ朝未が隷属の魔法道具の解呪をして助けた意味は大きいんだよ」


あたしはさすがにそこまでは無いと思ったけれど、瑶さんの指摘にそれが恐らくは正しいとわかってしまった。


「だからね、朝未ちゃん、いえ、朝未。これから恩を返していくつもりだけど、でも私のことも真奈美ってせめて呼び捨てで呼んでほしいの」

「う、わかった。真奈美。これでいい?」

「うん、ありがとう」


そう言うと、真奈美もあたしに抱きついてきた。


「じゃ、じゃあさ。俺もそう言う立場から助けてもらったわけだし、大地って呼び捨てに……」

「しません。瑶さんでさえ、さん付けなのに他の男の人を呼び捨てなんてするわけないでしょ」


大地さんが床に膝をついているけど、そんなことは知りません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る