第199話 野営

「さて、一応形だけではあるけど、宿をとったわけだけど彼らをあそこに放置しておくわけにはいかない」

「はい、一応雪ねえに探知魔法と魔力の操作は教えましたけど、それだけでいきなりは無理でしょうね。トランルーノ聖王国の元にいたということは、単独での野営はなかったでしょうから」

「かと言って、宿をとりながら部屋にいないというのも不自然だからね」

「1人いれば、ごまかしは効くと思います」

「というわけでマルティナさん、ここでの偽装を任せていいですか?」

「わたしが、ですか?」

「ええ、私や朝未では、いくら学習してきているとはいえ常識が不足しています。移動時の補助魔法のこともありますし、外に出るのに1人というのは流石に有り得ないです。宿の人間に事情を話すなどなおさらあり得ません。となるとマルティナさんに頼むのがベストですので」

「……わかりました。ですが、そうすると明日の朝食前にはお戻りになるのですよね。さすがに強敵のヴァンパイアこそ斃しましたが、疲労は大丈夫でしょうか?」


僅かに躊躇ったあと、同意してくれたマルティナさんだけど、完全な別行動はパーティーを組んで以来なかったからかしらね、心配されてしまった。


「大丈夫でしょう。基本的に移動は街道を走りますから戦闘は無いですし、向こうにいる間に休息も取れます。それに、ここでの偽装工作は10日もあれば十分でしょうから」

「では、10日ほどでヴァンパイアを斃したことを報告されるのですか?」

「いや、しない。発見できなかったことにして、移動したのではないかと伝える」

「それではハンターギルドも国も納得しないのでは?」

「少しばかり信憑性を持たせるのに小細工もするつもりだよ」

「小細工ですか?」


瑶さんの小細工発言にマルティナさんが首を傾げた。


「これは朝未とも話したんだけどね、聖剣を除く勇者パーティーの装備と男爵級ヴァンパイアの魔石をハンターギルドに提出しようかと思っている」

「それが、どういう小細工に?」

「勇者パーティーは激闘の末に男爵級ヴァンパイアを斃したものの、そこで力尽き伯爵級ヴァンパイアに敗れた。そんなストーリーを想定させるんだ。そうすれば、伯爵級ヴァンパイアは手下を失いつつも勇者を打ち取ったという成果を手に移動したと考えてもらえるだろうって感じだね」

「聖剣を出さないで納得してもらえますか?」

「聖剣は、威力があるのでヴァンパイアが鹵獲して持ち去ったと推測させるのが良いだろうと思ってね。伯爵級ヴァンパイアが生き延びて聖剣を放置していくのは不自然だよ。それに他の装備はどれも破損していたしね」



そんな話し合いの後、宿で食事をとり、あたしと瑶さんは遮音結界を張ったうえで窓からこっそりと宿を出る。


「偽装ということは、門から出入りはマズイですよね」

「そうだね。建物の死角になる場所で壁を超えるしかないかな」


そして、少しばかり歩いて見つけた場所で、あたしはマナセンスとマインドサーチを展開してタイミングをうかがう。


「よさそうです」


あたしが言うと、さっそく瑶さんが魔力を練り身体強化を行い飛び上がろうとしたので引き留める。


「ジャンプしなくてもいいですよ」

「いや、でも壁を壊すわけにはいかないからね」

「いえ、そういう事ではなくて。こういう時に丁度いい魔法があるんです。レビテート」


風属性の中級魔法。これまで使う機会は無かったけど、こういう時には便利よね。

あたしと瑶さんは、誰にも見とがめられること無く壁を超えた。


「急ぎましょう」

「そうだね。できれば完全に日が落ちるまでに着きたいね」


あたし自身も魔力で身体強化を行い、補助魔法を掛けていく。素の状態でさえ高性能になった身体に魔力での身体強化、更に補助魔法。これであたし達は、馬の全力疾走よりも速く、狼より長く走ることが出来る。

さらに風の結界魔法で空気抵抗を減らしつつ走るときに起きる砂ぼこりを抑える。風きり音や砂ぼこりで見つかったらせっかくの隠蔽がバレるかもしれないものね。


そして走ること小1時間。3人の待つ空地に着いた。


「お待たせ。何かあった?」

「大丈夫よ。魔物はおろか動物も近くにも来なかったわ」


あたしが声を掛けるとマーねえが大丈夫とこたえ、2人もホッとした顔で頷いた。


「早速だけど、見張りの順番を決めるよ。朝未、いつもの通り最初を頼むね。相手は……」

「雪ねえ、ちょっと試したいこともあるから、あたしと一緒に最初の見張りについてね」

「そう?それじゃ、2番目はいつもの通り私が勤めよう。そちらの大見栄君と最上さんは3番目を頼むね」


「俺は3番目って自体は構わないんだけど、女の子に最初をやらせるってのはどうなんだ?」


ラグビー兄さん、野営の見張りしたことないのかしら。あ、雪ねえとマーねえがため息をついている。


「ラグビー兄さん、夜間の見張りって睡眠を中断する中番が一番キツイんですよ。その一番キツイところを瑶さんが引き受けてくれてるんです」

「え、そうなのか?」


本当に知らなかったみたいね。


「まったく大地は、ちょっとでも考えればわかることなのに」

「そんなこと言っても、いつも騎士団が見張りをしてくれてたから……」


マーねえの呆れたような言葉にラグビー兄さんは言い訳をしようとして途中で口をつぐんだ。

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