第179話 荒れるトラン
ミーガンさんの選ぶ宿は安全重視のため、少し高級な宿が多い。だからなのか、高品質な魔石を使っている宿が多く、泊まる宿泊まる宿で魔石への魔力の補充をすることになった。それはそれでお小遣い稼ぎになったので良いのだけど、聖属性魔力の痕跡が残らないか少しだけ心配。さすがに、聖属性魔力が即聖女って事にはならないとは思うけど……。心配ではあっても、あれだけ困っていると断りにくいのよね。
移動中にもアンデッド中心に出てくる魔物を斃して魔石をミーガンさんに引き取ってもらってどんどん重たくなっていくお財布とトランルーノ聖王国の庶民の現状と比べて何か罪悪感を感じるけど、噂通りならトランルーノ聖王国の上層部のせいだものね。
魔物討伐も魔石への魔力補充も庶民のためになるということで割り切るしかないわね。
「朝未様、トランでは魔石への魔力の補充は控えてくださいね。申し訳ありませんが朝未様が魔法使いであることも宿などでは口にしないでいただけると助かります」
「ええ、もちろんです。トランくらい大きな街では魔石への魔力の補充をしていてはキリが無いでしょうから。あたしとしてもさすがにエンドレスに魔石への魔力の補充をしてはいられませんから」
魔力量が一般的な魔法使いに比べて多いらしい事は自覚しているけど、それでも無限ではないもの。それにそんなことをしていたらミーガンさんの商売の邪魔になりそうでもあるから。
そして、トランに到着したのだけど、
「街の雰囲気が暗く感じるのは気のせい?」
「いや、私の目にも以前より活気が無いように見えるよ。アンデッドへの対応が間に合っていないんだろうね」
「それでも、街へ魔物の侵入を許していないあたりさすが聖都ですね」
あたしと瑶さんの感想にミーガンさんの注釈が入った。
「では、朝晩の食事時に予定のすり合わせをする以外はご自由にしていただいてかまいません。一応3日から5日でトランを発つ予定ではいます」
ミーガンさんの言葉にあたし達は頷いて一旦宿の部屋で休むことにした。
「揺さん、ギルドには行かなくていいんですか?」
「うーん、そうだね。ミーガンさんの魔石が売り切れた頃に情報収集にだけ行こうか」
「うん?なんで?」
「遠くから来たハンターが魔石を持っていないっていうのは不自然だからね。色々言われる期間を短くしたい。それでもギルド以外の情報収集は出来るからね。例えば前の時にも行った、市場とかね」
「でも、市場って商品が無いと開けないですよね。今のトランの状態で市場って開いているんでしょうか?」
そんな、あたしの言葉に瑶さんはキョトンとした顔を見せた。そして笑い出した。
「ぷ、ははは。うん、朝未の心配は分かるよ。でもたぶん大丈夫。庶民はそんなにヤワじゃないから」
「え?日本でもいや、地球のあらゆる地域で戦争をはじめとした理不尽で貧困に陥った人たちがいた。それは朝未も学校で多少は習ったんじゃないかな?」
「う、うん。それは、はい」
「でもね、そんな地獄の中でも人は生きていくんだ。そういう時にこそ、普通の商店じゃなくて日本の敗戦後にもあった闇市に代表されるような市場が庶民のギリギリの生活を支えることになるんだよ。ちょっと非合法なものまで入ってくるけどね」
「非合法ってやくざとか暴力団とかのことですか?」
「ああ、そういうイメージかあ。ちょっと違うかな」
「違うんですか?」
「ああ、そういった非合法な組織は結果的に出来上がってくるだけなんだよ。日本のヤクザも例えば世界的に有名なイタリアのマフィアもね。最初は自分達を守るために弱い人間が集まって出来上がった組織なんだ。まあ、最終的には暴力や麻薬をはじめとした違法行為に手を染める違法組織に成り下がってしまったようだけどね」
「えと、どういうことですか?」
「あ、ああ、ちょっと話がそれたね。つまりどんな理不尽な状況でも庶民は雑草のようなしぶとさでなんとかして生き残ろうとするんだ。そこで非合法っていうのは騙しや暴力が幅を利かせ始めるってことだよ。その対抗手段として集団として集まった組織になっていくってこと」
「じゃ、じゃあ、あの市場は……」
「うん?まだそういった段階までは行ってないと思うけどね。だから普通にじゃないにしても市場自体は開いていると思うよ」
瑶さんが言っていたように市場は以前と同じ場所で開かれている。
「でも、雰囲気が……」
「そりゃ、そうだよ。それこそアンデッドを筆頭にした理不尽が降りかかっている中だからね」
以前の市場は多少物の値段が上がっていたくらいで、明るくて活気のある市場だった。それがなんかみんな殺気立っていて、ギラギラした目をしている。
それなのに瑶さんは、なんでもないかのように近くの露店に近づいていった。
「よ、久しぶり。随分な状態みたいだね」
「ん、あんたは。ふん、よそ者には分からないだろうさ。アンデッドのせいで外から物が入ってこない。近場の物の値段は上がる。それを奪い合って刃傷沙汰もしょっちゅうだ。以前は、この市場で身の危険を感じたことなんざなかったんだがな、今じゃこれを持ってなきゃ店を開くこともできねえ」
そう言うと露店の主人は腰に付けた小ぶりの片手剣を手のひらで叩いて見せる。
その瞬間、あたしは振り向きざま軽く握った拳を突き出した。その先にいたのはダガーを手にした小柄な男性。マインドサーチに引っかかった悪意の元はこの人みたいね。
「な、なんだてめ」
「なんだじゃないですよ。悪意ギラギラでそんなものを剥き身で持って近づいてきたら何をされても仕方ないと思いませんか」
そう言いながらあたしはいくつかの防御系の補助魔法を掛けていく。攻撃力を上げてしまうと手加減しても多分殺してしまうものね。
「く、うるせい」
叫ぶと、その男はやぶれかぶれのようにダガーを突き出してきた。
遅い。あたしがその手を掴もうとしたところで、横から別の手がその腕を捻り上げた。
「瑶さん」
「朝未でも、対処は出来ただろうけど、こういうのは私の役目だからね」
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