第178話 空魔石

「灯りの魔道具もつかえねぇってのはどういう事だ」

「すみません。どうしても魔石が手に入らなくなっているものですから。こちらの空魔石にご自分の魔力を込めていただければその分は使えますので」

「魔法使いでもないのに、魔力を込めるなんて出来るわけないだろうが、ふざけんな」


宿に入ったとたんに怒号が響き、首をすくめてしまった。

見ると、緑色の髪の小柄な女性にダークブロンドのいかにも戦士といういでたちの男性が食って掛かっている。

女性は多分この宿の受付の人なんでしょうね。見た目マルティナさんよりちょっと年上な感じかしら。男性は向こうを向いているからよくわからないけど、あまり若くはなさそう。




やり取りに少し興味を引かれる部分があったのでマルティナさんに聞いてみる。


「ね、マルティナさん。空になった魔石って魔力を込めれば再利用できるの?」

「すみません。わたしは、そのあたり詳しくないものですからわかりません」


あたし達の視線は自然とミーガンさんに向いた。


「一部の高品質な魔石の場合、空になった魔石に魔力を込めることが出来るというのは聞いたことがあります。ですが、あまり効率が良いとは言えず、魔力を込めることが出来る程度に魔法を使えるのなら、例えば灯りであればライトの魔法を使った方が楽だと聞いています。朝未様や揺様ならご自分で魔法を使われた方が楽でしょう」


ふーん、地球で使用済み電池に充電するみたいなものなのかしらね。あれも一応出来るけど効率も安全性も低いって聞いたことがあるのよね。


「でも、ライトくらいなら、使える人は結構多いってきいてますけど?実際ミーガンさんも使えますよね」

「確かに使えますけど、朝未様たちのように気軽に使えるほどではないんですよ」


あれ?生活魔法なら余程まで使えるって話だったはずなのだけど?


「ふふ、朝未様、使えるのと日常的に使って問題が無いのは別なんですよ。そうでなければ宿の部屋にわざわざ灯りの魔道具を設置する必要はないと思いませんか。高級宿ならともかく一般の宿でも置いてあるのはそういうことです」




「あ、あのー」


ミーガンさんとそんな話をしていると、声が掛かった。

振り向くと、そこにいるのは先ほど客と思われる男の人に怒鳴られていた女性。


「あ、クレーム対応は終わったんですね。5人ですが3部屋取れますか?」

「え、あ、いらっしゃいませ。宿帳にお名前をお願い致します。あ、よろしければ代筆もできますが……」

「いや、結構。全員文字は書けます」


この世界、識字率は結構低めらしいので当たり前に代筆で済ませることが多いみたい。さっき怒鳴ってた男の人もなんだかんだ言って代筆してもらっていた。ある意味図太いわよね。そんな事を考えながら宿帳に記帳する。


「え、4級」


あたし達の記帳した内容を確認した女の人がちょっと驚いた顔をしているわね。4級ハンターは事実上のトップらしいのであたし達が4級というのは予想外だったみたい。


「あ、すみません。記帳ありがとうございます。それと、その先ほどお話が聞こえて来たんですが。えと、アサミ様とヨウ様は魔法使いなのですか?あ、わたしこの宿、安らぎのゆりかごの女将で、レイチェルと申します」


なんだろう?あたし達が魔法使いだという事が何か問題なのかしら?


「朝未は、魔法使いと言える実力がありますが、私は少し使える程度です。ところでそれが何か?」

「大変失礼を承知の上でお願いがあります。その、こちらにあります空魔石に魔力を込めていただけませんでしょうか。あ、もちろんお礼はさせていただきます。魔石を購入するのと同程度の金額を提供させていただきます」


それを聞いて、あたしはフッとミーガンさんに視線を向けた。これってミーガンさんの商機では?


「朝未様、わたしに遠慮は不要です。トランでの方が高く売れるのは間違いありませんから」


「わかりました。ところで、あたしは魔石に魔力を込めるという事をしたことがありません。ですので、うまくできる保証はありませんが、そこはご理解ください。当然うまくいかなかった場合にはお金は不要です。それと、上手く行ったとして、そのば限りとなってしまいますが、そのあたりは良いのですか?」

「朝未様、朝未様はエンチャントを出来ますよね。それと同じにされれば良いはずです。ですからまず失敗はないですよ」


あら、ミーガンさん詳しいわね。さすがは有能な商人は知識もレベルが違うってことね。

でも、空魔石に魔力を込めるにはエンチャントを出来るレベルの魔法使いが必要ってこと?結構大変そうね。


「なら大丈夫でしょうね」

「一時しのぎの件ですが。それでもだいぶ違います、一度魔力を込めていただければ数か月は使えますから。その間には状況も変わるとおもいますので」


レイチェルさんの言葉に、あたしは頷いて受けることにした。


「では、荷物を部屋に置いてきますね。ここに戻ってくればいいですか?」

「はい、では、ご案内させていただきます」




そして、魔石に魔力を込めるのは成功した。そうあっさりと。しかもちょっとおまけがついてしまった。


「あ、朝未様。この魔石は、これほど上等なものでは無かったはずなのですが。いったい何が……」


あたしの目の前には、あたしが魔力を込めた魔石が25個並んでいるのだけど、何やら光を放つようになっていて、とても一般的な魔石とは違っている。でも原因なんて分かるわけない。いえ、多分あたしの魔力が特別なんだろうとは思うけど。そんなこと言えないので


「さ、さあ。あたしも初めての事なので……」


言葉を濁して部屋に逃げ帰った。

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