第171話 覚醒

食事を終えたあたし達は、再度森の2層でアンデッド狩りを行った。

同じパターンで狩ったのだけど、やはり森の中だからか、連鎖が大きい。


「これいつまで連鎖するんですか姐御?」


レアルさんが少しばかり疲れを滲ませた声で泣き言を上げてきた。


「あと、1刻ってところですね。あたしの探知で後続との切れ目が出来てきているのが確認できてます。ただ……」

「ただ、なんですか?」

「最後に、ちょっと大物がくる感じです」

「え、大物?ヴァンパイアですか?」

「いえ、そこまでではないですが、あたしの知らない反応です。その代わり、その強い反応は2つです」


あたしの言葉に瑶さんの肩が一瞬だけピクリと跳ねたのは見なかったことにした方がいいかしら。実際のところあたしは撤退のタイミングを探しているのだけど、敵が多すぎてそのスキがない。瑶さんとマルティナさん、そしてあたしの3人だけなら補助魔法の掛かった状態でなら多分強引に抜け出せない事はない。でも、辺境の英雄たちは多分無理。さすがにこの状況で見捨てるわけにもいかない。


じりじりとした焦りを感じ始めたころ、急にアンデッドからの圧力が増した。


「な、急に……」


瑶さんもマルティナさんも前からのアンデッドには対応できているものの、手数が足りない。あたしも、剣だけじゃ捌ききれず、魔法を併用し始めた。そして、何度聞いても嫌な音が響いた。


「パリン」


辺境の英雄たちの誰かがアンデッドから直撃を受けたらしい。今のは掛けておいたリフレクが弾ける音。1度だけ物理魔法問わず攻撃を防ぎ相手に跳ね返す起死回生の保護魔法。

すぐにリフレクを掛けなおして……。

振り向こうとしたあたしに複数のアンデッドが襲い掛かってくる。

くっ、今はリフレクを掛けなおす時間さえ取れない。


そして、更にそこに現れたのは首のない馬に乗った首のない騎士。いえ右手に剣を左手に首を抱えている。


「デュラハン」


きっとこいつが、他のアンデッドを押し込んできたのね。急にアンデッドからの圧があがったのはきっとそのせい。

この世界のデュラハンがどのくらいの強さかはわからないけど、マナセンスの反応から他のアンデッドよりかなり強い、ただ単体では男爵級ヴァンパイアと伯爵級ヴァンパイアの間という感じ。問題は、それが2体並んでいるということ。それと馬に乗っているので動きが速い。この状態でまともに相手をしたくないわね。


「えい」


あたしは少し強引に剣を振り、周囲のアンデッドをまとめてなぎ倒した。大振りのその動きは失敗すれば大量のアンデッドの前にスキを晒すことになるけど、とりあえずうまくいった。


「ホーリーアロー」


発動の速い聖属性魔法をデュラハンに向けて放つ。


「えっ」


ホーリーアローがデュラハンに当たらず、その後ろにいたグールを消し飛ばした。


「はずれた?いえ、今のは避けたのね」


あたしの魔法が避けられたのは初めて。いつの間にか必中のつもりになっていたけど、そうよね、まっすぐ飛ぶだけのアロー系はスピードはあるけど、少し距離があれば動きの速い相手なら避けられないことは無いんだわ。

これだとホーリージャベリンでも一緒ね。となれば近距離で剣と魔法の両方で……。


え?2体のデュラハンが両方ともあたしに向かってくる?速い。聖属性魔法に反応した?チラリと視線を向けると瑶さんもマルティナさんも大量のアンデッドに囲まれどうにか捌いている状態。

しかたない、多分1体だけならどうにかできる。もう1体の攻撃は甘んじて受けてあげよう。あたしのリフレクはまだ健在だ。

覚悟を決めたあたしに向かって1体は左斜め前から、もう1体が左から馬の速さで突進してくる。

そんな時に、また後方で響く音。


「パリン」


悲鳴は聞こえてないのでホーリーの効果と合わせてまだ、健在だと信じる。このデュラハンをどうにかすればきっとアンデッドからの圧も落ち着くはず。それまで持たせて。ケガだけならあたしが何とでもするから死なないでよね。


前から突っ込んでくるデュラハンがわずかに早い。あたしは、そちらに正対する。突進の勢いのままに振り下ろされる剣をエンチャントで強化したショートソードで受ける。重い。高性能になって数百キロの重さを支えられるあたしでもまともに受けきれそうにない。

とっさに剣をずらして横に滑らせる。デュラハンに手が届くくらいに接近したところで、準備しておいた魔法を放つ。


「ホーリージャベリン」


く、この至近距離でさえ、身体を捻って着弾をずらした。それでも、完全には避けられず、身体の右側を大きく削り取り、右腕を吹き飛ばすことに成功した。大きなダメージを受け馬から落ちたたデュラハンにショートソードを振り下ろし止めを刺す。

そろそろ、無視をしていたもう一体があたしのリフレクに突っ込んでくるはず。振り向く時間もないけれど。リフレクの割れる音を……。


「ずん、どさり」


そこで聞こえてきたのはリフレクの割れる硬質な音ではなく、剣で肉を刺すような鈍い音と、何かが落ちる音。

振り向いたあたしの目の前に、地に伏せるレアルさん。そして、広がる血だまり。


「な、なぜ」


理由なんかいい。治癒魔法を……。レアルさんに治癒魔法を掛けようとするあたしにデュラハンの剣が降ってくる。


「くっ、どけぇ」


デュラハンの剣を躱し、あたしは渾身の力を込めてデュラハンにショートソードを突き出す。聖属性魔力をエンチャントしたショートソードはデュラハンの胴を貫き馬からその身を落とした。

それでも、剣を向けてくるデュラハンに苛立ちながら、今度は魔法を使う。


「ホーリージャベリン」


地に落ちた上に至近距離からのホーリージャベリンはさすがに避けられず、デュラハンはその場で崩れ落ちた。


「レアルさん!!」


それでも、たかってくる大量のアンデッドに阻まれレアルさんに近寄ることも出来ない。

どうにかアンデッドの集団を撃退したとき、レアルさんの身体は冷たくなっていた。


「なんで……。あんなことを」

「レアルは、姐御を守れたって満足して逝ったと思います」

「そんなの、そんなの。死んだら……」


ケヴィンさんの言葉に、あたしの中の何かが弾けた。魔力が制御できない。いえ、違うこれは……。

あたしは今気づいた。今まであたしは自分の魔力を掴み切れていなかったんだ。だから、使えなかった。

でも、今なら……。


「朝未様?いったい何を?」


あたしの中の、魔力と向き合う。今まで感じていた何倍もの魔力の渦を束ね練り上げる。あたしの周りを光が舞う。魔力がまるで竜巻のように渦巻き周囲の木の枝がしなり木の葉が舞う。光の反射を嫌い羽織ったマントがはためく。そして……。


「リザレクション」


光が、魔力がレアルさんに吸い込まれていく。致命傷となった傷がふさがり、心臓が動き出す。頬に赤みがもどり、呼吸を始める。

そして、レアルさんがうっすらと目を開けた。

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