第165話 領軍に起こった悲劇

ハンターギルドで報告を済ませ、討伐報酬と情報料を受け取り、家に帰ろうとしているところに声が掛かった。


「あ、姐御。……姐御ですよね?」


後半、何か自信の無さそうな声になっていたけど、この声は。


「レアルさん」


あたしが振り向いた先にいたのはレアルさんだった。正直なところこの人の相手をするのは面倒くさいのよね。

嬉しそうに笑顔で駆け寄ってくるレアルさんのふさふさの尻尾がブンブンと振られていて、それもまた面倒くさい。あたしはケモナー成分低めなのよ。これが可愛い女の子の獣耳だったら……、いえ、何もしないわ。


「お久しぶりです。姐御。しばらく見かけませんでしたが、どこかへお出かけだったんですか?」

「ちょっと観光にね。その後は護衛依頼を受けてあちこち、かな」


「朝未、先に行ってるよ。遅くならないようにね」


あ、瑶さん、それは無いわ。あたしは肩を落とし、仕方なくレアルさんの相手をすることにした。


「観光って、今の状況で観光にまわれるってさすが姐御ですね。結構アンデッドが出たんじゃないですか?」

「まあ、それなりには。でも、一応今も護衛依頼依頼中なので、態勢は整えておきたいんですよね」


なんとなく先が読めたので釘を刺しておかないとね。


「ああ、残念です。久しぶりに姐御と手合わせをお願いしたかったんですが」


あ、でも面倒ついでに聞いてみようかしらね。


「最近のクリフの様子はどうですか?」

「えと、どうとは?」

「アンデッド絡みで領軍がきたりしたって聞いたんだけど」

「そう、ですね」


あら、ちょっと言い難そうね。嫌そうな顔をしているわ。


「あいつら偉そうにしながら、オレ達ハンターに情報を寄越せって言って、オレ達も領軍とやりあうのは、あまり得策じゃないんで、渋々分かっている範囲の事を話したんですが……」

「うん?何かあったの?」

「あいつら、キンキラキンの金属鎧着込んでガシャガシャ言わせながら集団で森に入っていったんですよ」


そんなバカなことしたのね。もう、その先は想像がつくわ。


「それだとアンデッドに限らず魔物に盛大な歓迎を受けたでしょうね」

「ええ、それはもう盛大だったそうです」

「それで、その責任を押し付けてきたってところかしら?」

「それどころか、責任をとって前面にたって戦えと言って来たんです」

「うん、無茶苦茶ね。軍とハンターでは戦い方が違うのをわかってないんですね。ギルドはどう対応したんですか?全ハンターにってなるとギルドを通すでしょ」

「ギルドは、当然断固拒否で突っぱねてくれたんですけどね。それからハンターと領軍の間が険悪になりまして」

「まさか街中でやりあったとか、狩場で闇討ちを受けたとかですか?」

「いえ、さすがにそこまではありませんでした。せいぜい、酒場で嫌味を言い合って、気の短いやつらが喧嘩したくらいで」

「まあ、そのくらいなら許容範囲……なのかな。それでも領軍は責任上アンデッド対策しないといけないですよね?」

「ええ、それで、流石に領軍も初手の痛手に慎重になって、周辺部から少しずつ削っていく方針に切り替えたんですけど、ほら、森って多人数での攻略に向かないじゃないですか。それに領軍は軍としては強いらしいですけど、個々の兵の強さはオレ達クリフにいるハンターに大きく劣るわけで、結構負傷者が出たようなんです。それでも一緒に行動していた神官の治癒魔法を使いながら進んでいったところに非実体系のアンデッドが出てきて……」


レアルさんがため息をつきながら首を振った。


「でも、神官が居たなら非実体系のアンデッドだって聖属性魔法でなんとかなるでしょう?」

「いやあ、どうやら治癒魔法の使いすぎで魔力切れをおこして対処できなかったらしいんです」

「うわあ、ちょっと考えられない失敗ですね。でも、最初に出てくるシャドウあたりなら逃げるのも難しくはないんじゃ?」

「ええ、オレ達ハンターなら、いえ、軍でも少数なら逃げられたんでしょうけど、人数が多すぎて逃げ場がなかったらしいんです。その結果少なくない領軍の兵がドレインで……」


シャドウあたりのドレインって余程長時間捕まらなければ大したことないはずなのに。


「それで領軍はあきらめたの?」

「いえ、大量のポーションを持ち込んで次こそはと3回目の探索を行ったんです」

「あら、それなら今度こそは成功した……。あら、失敗したらしいという話を聞いて来たんですけど」

「ええ、その3回目こそが領軍にとって最大の悲劇だったようです」

「でも、兵士の怪我はポーションで対応しつつ物理攻撃が効かないアンデッドには神官が当たるんですよね。その神官だって数人ってレベルではなかったのでしょう?」

「ええ、約500人の一般兵に指揮をする10人の騎士、神官が25人だったそうです」

「それだけの戦力がいて攻略失敗ですか……。いったい何が」

「ヴァンパイアです。最初は順調だったんですが、姐御達が3層と呼んでいたあたりでヴァンパイアがでたんです。一般兵の攻撃は傷もつけることが出来ず、騎士の剣さえ素手で受け止められ、神官の聖属性魔法は足止め程度にしか効果がありませんでした。そして領軍が総崩れになったとき騎士数人がヴァンパイアの目の前で突然棒立ちになったんです。その後はもうどうにもならずって感じですね」


その数人の騎士があたし達を襲ったヴァンパイアかしらね。でも……。


「ねえ、レアルさん随分と詳しいですね。まるで見てきたみたいに」


あたしが指摘すると、レアルさんが気まずげな顔で白状した。


「実際に、見てました。いくら険悪になっていても見捨てるのは少々気まずかったので……。もっとも実際には助けに入る余裕もありませんでしたけどね」

「それギルドに報告は?」

「しました。一応たまたま近くにいただけって体でですね。ギルドがそれをどう扱ったかは知りませんけど」

「そう。ありがとう」


あたしがお礼を言って立ち去ろうとしたところにレアルさんがまだ声を掛けてきた。


「姐御。手合わせが無理なら、食事を一緒にいかがですか?最近見つけた店で美味いもつ煮込みだすんですよ」

「ごめんなさい。やることできてしまったので、またの機会にね」


ギルドマスターがちょっと嫌な顔をしたのはこのせいだったのね。瑶さんとマルティナさんに伝えなきゃね。

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