第164話 ヴァンパイアと騎士とギルドマスター
地に倒れたフリードリヒが再度立ち上がらず、徐々に灰になり崩れていくことを確認してあたし達はほっと息を吐いた。
「強かったな」
「ええ、魔力を身体に巡らせることに思い至らなかったらあたしは危なかったかもしれません。まさか今のあたしが振りほどけないとは思いませんでした。腕をつかむ力も普通の人だったら握りつぶされるんじゃないかってくらい強かったですし」
「わたしも、槍を弾かれるだけならともかく、まさか朝未様のエンチャントを飛ばされるとは思いませんでした」
そんな話をしてあたし達が強敵相手の戦いの後で少しだけ気を緩めているとミーガンさんが近寄ってきた。
「みなさん、お疲れ様でした。聞こえてきた内容からすると伯爵級ヴァンパイア討伐ということですよね。それをこれほど見事に降すとは、さすがは暁影のそら様ですね」
「見た目ほど簡単じゃありませんでしたけどね」
「そうなのですか?」
「ええ、紙一重とまでは言いませんが、こちらがやられていても不思議のない戦いでした」
「あっという間に斃したように見えたのですけど」
「その辺りは、時間では測れない部分もあるんです」
あたしは、そう言いながらフリードリヒが斃れた場所にポツンと残る魔石を拾った。
でも伯爵級ヴァンパイアを斃したってなるとまたうるさいのかしら。そう思って揺さんに視線をむけると、瑶さんと目が合った。
「同じ事を考えていたと思うけど、多分大丈夫じゃないかな」
瑶さんが、微笑みながらそう言ってくれた。あたしが首を傾げると更に苦笑して続けて口を開く。
「以前だと、ちょっとまずい部分あったけどね。今の私達は現役ハンターとしては事実上のトップクラス4級ハンターで、もうひとつ、私達を襲ったヴァンパイアのうち4体が恐らく辺境伯領の騎士だと思われるから、だね」
「あたし達が4級ハンターだからって部分はわかりますけど、4体が騎士だからっていうのが……」
「辺境伯領の騎士が、アンデッドに負けただけでなく、自らがアンデッドの眷属にされて一般人を襲った。それが今回の構図なんだよ。辺境伯としては醜聞だからね。口止めをされる程度じゃないかな」
「口止めのために命を狙われたりしません?」
「それもまあ、大丈夫だと思うよ」
人の命の軽いこの世界で、簡単にいくのかしら?
「まだ疑問に思ってるみたいだね」
あたしが頷くと瑶さんはまた苦笑して説明をしてくれた。
「現時点では、私達が伯爵級ヴァンパイアの討伐に成功したことを知っているのは私達だけだってのはいいよね。で、私達以外の人間が知るのはいつ?」
「え?それはあたし達がハンターギルドで報告してから?ですね」
「そう、つまりその段階で私達だけをどうにかしても情報が拡散したあとってことだね。それに私達を害しようとしたとして、はたして可能な人間がどのくらいいるかなって事を向こうも当然考える。そうした時に短期間で4級までランクを上げてきたハンターっていう肩書が効いてくるんだよ。客観的に見て、私と朝未のランクアップの速さは普通じゃないからね。4級が適正なのか、本当はもっと上の戦闘力があるのか判断に困るだろうね。そこに来て領軍が騎士まで動員して斃せなかった伯爵級ヴァンパイアをたった3人で斃したとなれば、敵対して無駄に戦力を消耗するより友好的な関係を保とうとすると思う。少なくともまともな領主なら、ね」
「つまり、あたし達は領主と対等になれたって事、でいいの?」
「まあ、向こうは領地の支配権を持っているから完全に対等とは言わないけど、こちらからケンかを売らなければ安心してハンターとして活動できる程度にはなったと思うよ。まあ多少の協力依頼はあるかもしれないけど、そこはきちんと仕事として判断すればいいからね」
「じゃあ、とりあえず安心してクリフに向かえますね」
「そうだね。あとは、ここで野営して大丈夫かどうかだけど。朝未、探知の反応は?ヴァンパイアとの戦闘に引き寄せられて魔物が集まってきたりしていない?」
「探知魔法はずっと展開してます。特にこちらに魔物が向かってくる気配はありません」
「なら、いつものように最初の見張りを朝未、2番目を私、最後をマルティナさんで」
「いつも瑶さんが真ん中ですけど大丈夫ですか?あたし代わってもいいですよ」
真ん中の見張りの順番は睡眠が分かれるからキツイはずなのよね。
「朝未様、いつもお話しておりますように体力的に瑶様が最も強いのは確かです。それに朝未様にはしっかりと魔力を回復していただきたいですから、この順番が最適です。気持ちは分かりますが、しっかりお休みいただける順番でお願いします」
これは、いつものやり取り。今のあたしなら2番目でも平気だと思うんだけどなあ。
ヴァンパイアを討伐した影響もあるのだろうけど、その晩も翌日も一度の魔物の襲撃も無く、予定通りにクリフに到着した。
「ミーガンさん、クリフ滞在はどのくらいを予定していますか?」
「そうですね、売れ行き次第ではありますけど、10日から20日程度を考えています。その間は自由にしていてもらっていいですよ」
「わかりました。それでも毎日、そうですね夕食前くらいの時間に宿に顔を出すようにしますね。予定が変わった場合なんかはその時にお願いします」
「わかりました」
そんなやり取りのあと、あたし達はハンターギルドでギルドマスターのアイノアさんに伯爵級ヴァンパイア討伐の報告をしている。
「伯爵級ヴァンパイアだって。間違いないのか?」
「とりあえず、そのヴァンパイアはフリードリヒ・フォン・バイエルン伯爵と名乗りましたね。これがその魔石です」
「……。助かったよ。ヴァンパイアは確認されていたが、どうにも手に負えず困っていたんだ」
「それと、もうひとつ、いえ5つあるんですが」
「おいおい、伯爵級ヴァンパイア討伐だけでもキャパいっぱいなんだ。あまり込み入ったことは勘弁してくれよ」
そう笑うアイノアさんの前に、あたしはマジックバッグから戦利品を取り出していく。
「……」
「これ多分、領の騎士の鎧だと思うんです。処分というか領主様への返還?とでも言うんですかね。ギルドにお願いしたいんです」
「これはどうしたんだ?」
「さっき話した伯爵級ヴァンパイアとその取り巻きの下級ヴァンパイアが身に着けてました。それ以上のことはわかりません」
しばらく眉間にしわを寄せ目を瞑って何かを考えていたアイノアさんだったけれど、最後には大きく息を吐いて頷いてくれた。
「わかった、引き受けよう」
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