第163話 騎士は伯爵級

アンドレアさんをはじめ、5人の騎士達は、特に問題を起こすことなく同行している。時々あたしが馬車のスピードを調整するようにミーガンさんに話していることだけは気にしてはいるようだったけど、それに対して口を挟むことも無かった。


問題が起きたのは、翌日にはクリフに到着する予定の野営の時だった。


「アサミの料理は美味いな。ミーガンが護衛に料理をまかせるだけのことはある」

「ありがとうございます。それだけのものをいただいていますので」


ちゃっかりお金も払わず食事を要求してきているのも騎士としてどうなのかとは思うけど、ミーガンさんから彼らにも食事を出すように言ってきた以上は提供するしかないのよね。騎士ともめても面倒しか無いのは分かるもの。


「だから、これからは俺達の元に来てもらう」


食後の片付けのために、あたしが食器を集めていると、突然アンドレアさんがあたしの腕を掴んできた。

力が強い。これ絶対普通の人間の力じゃない。高性能で耐久力の上がったあたしは平気だけど、普通の人の腕をこの調子で掴んだら握りつぶしている。


「離してください。何をするんですか」


あたしが抵抗すると、何か驚いた顔をしているわね。


「なんだ、この娘の力。なぜ抵抗が出来る。魅了が効いていないのか」

「魅了!?まさかヴァンパイア?」

「く、魔眼での魅了にレジストするのならば、直接眷属化してくれる」


そういうと、あたしの首筋に向けて口を開いてきた。その口には犬歯というには大きすぎる正に牙が生えている。


「朝未」

「朝未様」


揺さんとマルティナさんが駆け寄ってくるけど、ちょっと間に合いそうにない。


「く、この馬鹿力。あたしが振りほどけないなんて」


あたしはとっさに、魔力を身体に巡らせる。武器や防具にエンチャントとして魔力を纏わせられるなら、人間にも出来るかもしれない。そんな思い付き、それにラノベでは魔力を身体に巡らせて身体強化するこのだってある。確証なんか無い。でもこのままされるがままになんか、させるもんですか。


「グアァ」


アンドレアさんを名乗ったヴァンパイアは悲鳴を上げ、あたしから手を離した。あたしの首筋に突き立てられた牙は、その形を失い、白い煙をあげていた。

そしてあたしの首筋に手をやると小さな傷が感じられる。


「ヒール」


念のため治癒魔法で傷を塞いでおく。


「ぐぅ、聖属性魔力持ちか。この。それにしても聖女でもないのに聖属性魔力が強すぎる」


うん、あたしが多分聖女だから、そのせいで聖属性が強いのね。言わないけど。


「朝未、大丈夫か?」

「朝未様」


揺さんとマルティナさんがあたしのそばに駆け寄ってきてくれた。


「ええ、特に問題はありません。とっさに魔力を身体に巡らせたのが良かったようです」

「なるほど、朝未の魔力ならアンデッドであるヴァンパイアにとって致命的でも不思議はないね」


多分それは揺さんの魔力でも一緒な気はするけど確証の無い話をしている時では無いわね。

そんな議論の前に、あたしは補助魔法を掛けていく。そしてさらに自分の武器にエンチャント。ついでに再度自分の身体に魔力を巡らせる。


「マルティナさん。武器と防具を。エンチャントします」


差し出されたマルティナさんの武器防具にエンチャントをして完了。


「準備できました。揺さん、マルティナさん、相手は多分ヴァンパイアです注意してください」


あたしの言葉に揺さんが最初に飛び出した。マルティナさんがフォローに走る。そしてあたしは、もちろんアンデッド相手なら決まっているわね。


「ホーリー」


魔力マシマシでホーリーを放つ。

アンドレアを名乗るヴァンパイア、いえもうアンドレアで良いわね。アンドレアを先頭に迫ってきていた5体のヴァンパイアを青白い光が包む。


「ぐあああ」


悲鳴を上げ苦しむアンドレアと、その後ろでそのまま崩れ落ちる名も無きヴァンパイア。


「ま、まさか、ここまで強力な聖属性魔法をただの小娘が使うだと。このフリードリヒ・フォン・バイエルン伯爵がこれほどのダメージを受けるとは。貴様何者だ?」


やっと名乗ったわね。でもそんな質問に答える必要なないわ。そして当然同じ意見だったらしい揺さんとマルティナさんが剣を振るい槍を突き刺した。

どちらも聖属性の乗った攻撃。フリードリヒもたまらず距離をとり身構える。先日の男爵級ヴァンパイアとは違いさすがは伯爵級。これだけの攻撃では無力化できないようね。


「ぐ、その2人の剣と槍も見た目と違うな。さすがにこのままでは不利か……。我が剣よ来たれ」


アンドレアいえフリードリヒの叫びに呼応したようにその手に黒い闇として言いようのない何かが蠢き徐々に剣の形をとっていく。


「私にこの魔剣ズィルカールを抜かせたことは褒めてやろう。しかしこれで貴様たちの死は確定した。この剣の姿を死への手土産とするがいい」


魔剣を手にしたフリードリヒはまるでそれまでのダメージが無かったかのように剣を振るいだす。一振りごとにホーリーの光が弱まり、5度6度と振るわれたその魔剣の威力にあたしの放ったホーリーはかき消されてしまった。


「ホーリーがかき消された?」


あたしの驚きにフリードリヒは嘲笑うかのように口を開く。


「あの程度の拡散した聖属性を祓うなど、このズィルカールを手にした私にとって造作も無いわ」


「そうかしらね。ホーリー」


あたしはふたたびホーリーを放つ。それに合わせるように揺さんとマルティナさんが攻撃を仕掛ける。

フリードリヒは苦も無くホリーの光を切り裂き、マルティナさんの槍をはじき、揺さんの剣を魔剣で受け止めた。


え?揺さんが押し返されている。見ると揺さんの剣の光が魔剣に侵食されている。


「揺さん、離れて」


さっきフリードリヒはなんと言ったかしら?そう、拡散された聖属性は大したことないような言い方だったわね。なら収束させればいい?そこで、あたしは、今まで使った事のない魔法を即席でつかってみることにした。

イメージするのは聖属性の矢。ファイヤーアローの火属性を聖属性に置き換えたイメージ。


「ホーリーアロー」


あたしの魔法をフリードリヒは魔剣で払った。


「これもダメなの?」

「いや、効いてるよ。魔剣の禍々しい黒いオーラのようなものが一気に小さくなった」


揺さんは、そう言うと再度エンチャントをした剣でフリードリヒに切りかかる。

言われてみれば、フリードリヒの表情がやや悔し気ね。

そして今度は揺さんが押している。


「朝未様。エンチャントをお願いします」


マルティナさんが、槍を差し出してきた。たった1度魔剣に払われただけでエンチャントが飛ばされたみたいね。

あたしはすぐにマルティナさんの槍にエンチャントを行った。


「ありがとうございます」


エンチャントをし直した槍を手にフリードリヒにマルティナさんが突きかかる。

フリードリヒも今度は払うことが出来ず、大きく後方に飛んで避けた。


「アローで不足なら、これはどう。ホーリージャベリン」


後方に避けることでやや体勢を崩したフリードリヒに、今度もまた今までにない魔法を使う。イメージは投げ槍。そこに短時間で込めらるだけの魔力を込めて放つ。


またしても、フリードリヒは魔剣であたしの魔法を切り裂こうと振るった。

でも、結果が今回は違った。


「パキン」


軽い音と共に魔剣が砕け、そのサイズをやや小さくしながらもフリードリヒにホーリージャベリンは着弾。その胸に大きな穴を穿った。


「ぐぅ」


さすがは上位アンデッドね。胸にあんな大きな穴があいているのに死んでないわ。死んで?アンデッドって死んでる?あたしがそんな疑問を浮かべている中、さすがに動きの鈍ったフリードリヒに揺さんが剣を振り下ろしとどめを刺した。

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