第162話 辺境伯領の騎士

マルティナさんを見送って数分。あたしの探知魔法ではマルティナさんが戦闘領域に慎重に近づいているのがわかる。


「今のところは、問題なさそうです。でも、こちらも準備をしておきましょう」

「あ、ああそうだね。アンデッドの足が遅いとはいえ、こちらに向かって来ればそれほど時間は無いからね」

「戦闘になりそうだった場合、出来るだけ早めに言いますので、そうしたらミーガンさん達は、馬車の中にかくれていてください」


あたし達は、マルティナさんが退避してくるときにアンデッドを引き連れてくることを想定して準備をした。




幸いなことに、あたし達の準備は無駄になった。

そしてその代わりにあたし達の前に息を切らして蹲っている白い鎧を身にまとった5人の男性。その横に申し訳なさそうに経つマルティナさん。


「えと、マルティナさん、これはどういう状況ですか?察するにそちらの5人は、魔物と戦っていた方々だとは思いますけど」

「見捨てるに忍びなく、助けて連れてきてしまいました。護衛依頼の途中だと言うのに申し訳ありません」

「そこは、まあマルティナさんにケガもないようですし、魔物を引き連れてきたわけでもないようですから構わないんです」


この鎧。厄介ごとの匂いがするのよね。瑶さんもちょっと難しい顔をして彼らを見ているわね。


そうこうしているうちに、息を整えた彼らが立ち上がってきた。


「この度はご助勢感謝する。私はヴァンキャンプ辺境伯麾下第2騎士団第3分隊長アンドレア・デ・ボッカルドだ」


アンドレアさんが瑶さんに向かって挨拶をした。瑶さん、ここであたしがリーダーとか言い出さないでしょうね。


「ハンターパーティー暁影のそらの瑶です。いきがかり上です。気になさらないでください

「暁影のそらの瑶か。覚えておこう。ところで、お前たちはこれからクリフに向かう、ということでいいんだよな?」

「はあ、そうですが、それが?」

「うむ、少々手を貸してもらえないだろうか?」

「手を?」

「我々はこの地域に突如現れたアンデッドの群れの駆逐を辺境伯閣下から任されて、この地に来たのだが、どうにも魔物との戦闘は人との戦いと勝手が違ってな。そこでハンターならばそういった戦いに慣れているのではないかと考えたのだ」

「たしかに、私達ハンターは魔物と戦い慣れていますね」

「ならば」


同意してもらえたと思ったのかしらね、アンドレアさんが嬉しそうに声を高めた。


「私達は見ての通り護衛依頼の途中です、ご希望に沿うわけにはいけません」

「むう、ならばクリフまでの道中、現れる魔物との戦闘を共にしてもらうくらいならかまわないだろう?」


揺さんは、頭をポリポリと掻いて面倒くさそうに口を開いた。


「そこが根本的に違うんです。私達は護衛である以上、リスクを下げるために出来るだけ戦闘にならないように移動します。翻ってあなた方はアンデッドの討伐が目的ですので、むしろ戦闘が目的とも言えるでしょう。あなた方と同行しては私達の仕事にさわるんです」

「な、ならば。そうだ、商人がクリフに向かうという事は、クリフにはしばらく滞在するのだろう?その間だけでも頼めないか?」

「いえ、クリフでは私たちは狩りに出る予定はありません。護衛中の戦闘でならともかくそれ以外で負傷するのは護衛依頼が完了するまでは避けたいですから。それにクリフに行けば腕の良いハンターは山ほどいるはずです。それらに依頼すれば済む話だと思うのですが?」


揺さんの当然というような言葉に、アンドレアさんがばつの悪そうな顔を見せたわね。


「クリフのハンターには頼みにくいのだ」

「そう言われましても、私達は護衛を優先せざるを得ませんので」

「……。そうか、そうだな。護衛依頼の途中であればそうするのが当然か……」


アンドレアさんの呟きは自嘲に満ちているように感じた。何かあったのかしら。


「なあ、せめてクリフまで同行させてもらえないか?」


ぱっと顔を上げアンドレアさんが同行を申し出てきた。

揺さんが、少し困った顔であたしを見た。次いでミーガンさんに視線を向けた。


「そこは、依頼人であるミーガンさんに聞いていただかないと。ミーガンさん、どうします?」

「揺様、彼らが邪魔になることはありませんか?」

「正直なところ魔物との本格的な戦闘になれば足手纏いになる可能性が高いかと思います。ただし、今まで通りに魔物との戦闘を最小限にすることを前提とするなら条件付きで邪魔にまではならないかと思います」

「条件というのはどういうものですか?」

「騒がない、勝手に戦端を開かない等、指示に従う、移動もこちらに合わせる、ですかね」


揺さんの言葉に頷き、ミーガンさんがアンドレアさんに声を掛けた。


「今の聞いてましたよね。条件を受け入れるのであれば同行自体はかまいません」

「感謝する。決して邪魔をしないようにしよう」


そしてクリフまでの短い道程ではあるけど、騎士と同行することになってしまった。

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