第160話 領主の動向(推測)
アンデッドの群れは、盗賊との戦闘で消耗している上に低位のアンデッドばかりだったので、あたし達は、特に問題なく殲滅を出来た。
今は、グライナーに向けて移動を再開している。
「ね、瑶さん。ありがとう」
「ん?なんのことかな」
「瑶さんは、盗賊と戦わずに済むように調整してくれたでしょ」
「朝未は何を言ってるんだ?もともとの作戦は朝未が提案したものだよね」
瑶さんは優しくそう言ってくれる。でも、わかってる。あたしの案のままだと盗賊とも戦う可能性があったもの。あたしは強くなった自覚はある。でも、今でも最初の人殺しを思い出して心が寒くなる。あの時は、まだ余裕もなくてあっという間だった。でも今だときっと全てを感じながら戦う事に、盗賊とは言え人を意識して殺すことになる。それは、まだちょっと心の準備が出来ていないのよ。
「ふふ、そうね。そういうことにしておきますね。でも、瑶さんありがとう」
あたしは瑶さんに軽くハグをして離れた。
その後は、あたしの探知魔法の範囲ギリギリあたりをアンデッドの群れがかすめるくらいで、グライナーまで、特に問題なく到着できた。
「戦闘が1回だけだったということは、この辺りは聖なる力が少なくなってはいないということでしょうか?」
グライナーに到着してホッとした顔でミーガンさんが呟いた。
「いえ、戦闘行為こそありませんでしたが、アンデッドの群れがウロウロしてましたよ」
「え?見かけませんでしたよね」
「あー、あたし達ハンター以外だとちょっと気づかないくらいに遠くでしたから。時々馬車の速さを調整してもらいましたよね。あれは、そうすることで魔物と出会わないようにしていたんです」
「そうなんですね。は、そう言えば、トランからの移動するときにも朝未様が真っ先に魔物に気づいておられましたね。なるほど高位のハンターともなるとそこまで感覚が鋭いのですね」
残念ですが、感覚ではなく魔法なんです。とは言えないわね。あたしの探知魔法が他の人の魔法と比べて異常だってことはわかるもの。でも、魔物がいることがわかるってことだけは知っておいてもらえばいいわ。そうすれば魔物を避けるための動きを分かってもらえるだろうから。
そんな話をミーガンさんとしていると、宿の手配を終わった瑶さんが来た。
「ミーガンさん、宿の部屋を押さえました。ミーガンさんとエルリさんは食事までお休みください。私達はハンターギルドで最近の状況を確認してきます」
そして、ハンターギルドに情報収集に来たのだけど。
「はあ、アンデッドの状況ですか」
受付窓口のお姉さんはため息をつきつつ憂鬱そうに口を開いた。
「半年ほど前から現れるようになったアンデッドですが現状打開策の無い状況です」
「え?」
ちょっと領軍と神官でなんとかしたんじゃないの?なので、あたしの口からつい疑問が零れる。
「領軍が対応するって話を聞いていたんですが、領軍は、来なかったんですか?」
「いえ、来ましたよ。それも結構な数の兵と神官を連れて」
「それなのにですか?」
「みたいですね。詳しい話は、私レベルには伝わってきていませんが、領軍に結構な被害が出たらしいです」
「そんなにですか」
「ええ、そんなにです。噂ではヴァンパイアが出たとか。それを追って入っていった洞窟がダンジョンで、その中で大量のアンデッドに包囲されたとか、色々と尾ひれがついて突拍子もない話になってますね」
「ヴァンパイアはともかく、ダンジョンですか。おとぎ話かと思ってました」
「いえ、ヴァンパイアだって、ダンジョンと似たレベルでおとぎ話なんですけどね。あ、そういえばトランルーノ聖王国でハンターが男爵級ヴァンパイアを討伐したという話がありましたね。ダンジョンの話1に対してヴァンパイアの話が2、他に無いことを考えれば大した違いはないでしょう?」
「そう、なんですかね?でも、そうすると今クリフに向かうのは危険ですよね」
「まあ、クリフはいつでも危険は危険ですけど、相応の実力があるハンターが移動するぶんには許容範囲だと思います。あなた方は……、4級、ですか。余程まで大丈夫だと思いますよ。クリフに移動されるなら護衛依頼がいくつもあるのですが……」
「ごめんなさい。あたし達、護衛の途中なんです」
「はあ、さすがに4級ハンターが無為に移動はしませんか。でも、もしその護衛が終わったあとで可能であれば受けていただけると助かります」
「そう、ですか。でも、しばらくの間固定で護衛することになっているので、ごめんなさい」
それだけ話して、あたし達は宿に戻った。
「ね、瑶さん。さっきの受付のお姉さんの話」
「ああ、ちょっと気になる内容だったね。マルティナさんはどう思いますか?」
「領軍が、アンデッドの群れを駆逐できなかったばかりか、手ひどい被害を受けたということについて、ですか?」
「ええ。相当な数の兵と神官を揃えてきたとの事です。簡単に負けるとは思えないのですが」
「瑶様、それは違いますよ」
マルティナさんは瑶さんの疑問に微笑みながら否定の言葉を口にする。
「まず、領軍というのは通常他国の軍、言い換えれば人間を相手に戦う戦力です。そういう意味で魔物との戦いが出来ないとまでは言いませんが、得意とはしていません。それは、私達ハンターに対して傭兵の存在のようなものですね。傭兵は、盗賊など対人間の戦いにおいては優れた戦闘能力を発揮しますが、対魔物の場合のそれはわたし達ハンターに大きく劣ります。これは決して傭兵を貶しているのではなく、単なる相性です。わたし達ハンターが対魔物の戦闘の方が対人戦闘より得意というのと同じです。特に個々の攻撃がまったく痛手とならない相手が居ては難しい戦いとなったことでしょう。それに戦場も森の中で領軍にとって戦いにくかったと思います。領主様は、本当は個の戦力として騎士を、そして数の戦力として領軍を合わせて投入するべきだったのだと思います」
「つまり、本来の戦場とは異なり個の戦力が物を言う森に数の戦力である領軍だけを投入すれば……」
「そういうことです。あとは、領主様がどのような判断を下すかですね」
「つまり、ハンター特に上級ハンターに依頼を出し領軍と共に騎士の指揮下で?」
「ええ、それが現状では最も効果的だと思います。でも……」
「領軍や騎士のプライドが邪魔をする、か」
悪い事にならないと良いのだけど。
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