第79話 帰還

マルティナさんとの奴隷契約を結んだあと(うう、いやだなあ。現代日本人としては奴隷のご主人様なんて犯罪者だもの)、今はとりあえずエリアの入り口にいるギルドの係員のいる場所に向かって歩いている。


そこで『くぅ』マルティナさんのお腹から可愛らしい音が聞こえた。そういえば昼ごはんにお弁当食べたけど、あたしも少しお腹減ったわね。お弁当は、夕方遅くなった時用にお昼のお弁当と別に、サンドイッチを持ってきてあったはず。


「マルティナさん、これよかったら。瑶さんも」


少し大きめに作ったサンドイッチ、と言ってもまだ無発酵パンに焼いた肉を挟んだだけのものなのだけど街の屋台で買う食べ物や保存食に比べたら絶対美味しい。

ひとりひとつずつ渡して、食べる前に探知魔法で周囲に人がいない事を確認して


「クリーン」


うん、これで大丈夫。クリーンを掛けておけばお腹こわすなんてことにはならないはず。

あら?マルティナさんの表情が変ね。


「マルティナさん。パン苦手だった?」

「い、いえ。むしろその……」

「朝未。朝未のクリーンに驚いただと思うよ」

「え?でも今更じゃないですか?今回あたしマルティナさんの前では出し惜しみなく色々やらかしてると思うんですよね」

「あ、あの。さっきの本当にクリーンなんですか?発動句はクリーンでしたけど、わたしの知っているクリーンとは色々と違ってたのですけど」


あ、瑶さんの言葉が当たりだったのね。


「クリーンですよ。なぜかあたしが使うと余計な効果がくっついてくるだけで」


マルティナさんは納得のいかない顔だったけど、これはこういうものだと思ってもらうしかないものね。


「それより、サンドイッチどうぞ。あたしのお手製だから好みにあうか分からないけど。クリーン掛けて悪い物は消えてるから心配はありませんよ」


朝作ったサンドイッチを常温で持ち歩いて夕方って普通なら怖いものね。痛みかけた食べ物にクリーン掛けると悪くなった部分だけ綺麗に消えてちゃんと食べらえるようになるのは確認済。とっても便利。


「えと、普通クリーンにそんな効果ありませんよ」


あら?マルティナさんに大丈夫だからと説明したのに、またなんか不穏な情報が追加されたわ。あたしは視線で瑶さんに助けを求めることにした。


「あー、マルティナさん。朝未のクリーンは特別だって事で納得は出来なくてもあきらめてくれ。それとこれも一応内密に」

「わかってます。そもそもこんな話を信じる人はいません」

「あの、特に神殿や王宮関係には漏れないようにお願いしますね。あたし監禁されたり兵器扱いされたくないので」


本気で国や神様関係の人たちが来たら逃げるしかないわよね。逃げる時には瑶さん一緒に逃げてくれるかしら。ううん、きっと一緒に逃げてくれると信じてるけど、そういう事になってほしくないわね。


「あ、色々ありますけど、そのサンドイッチは食べて大丈夫ですから」


マルティナさんに勧めて、自分でもパクリと食べる。うん日本で食べてたサンドイッチにはとても及ばないけどちゃんと食べられる味。出来ればパンをもう少しなんとかしたいところね。でもきっとイースト菌だとか普通には売ってないわよねこの世界じゃ。天然酵母でも作ろうかしら。他にもミンサーみたいな道具があればハンバーグとかも作れるのになあ。あ、だめだわ、ソースとか無いもの。でもデミグラスソースならなんとかなるかしら。あ、あたしの知ってるデミグラスソースの作り方にはウスターソースが必要だったわ。うー、なんとかソースを作れるようになりたいわね。作り方は昔何かで読んだけど、うろ覚えなのよね。時間が出来たら実験的に色々作ってみるのもいいかしら。どのみちすぐには日本に帰られるものでは無さそうだし。生活の質を上げないとストレスでいつかヤバい事になるかもしれないもの。


「どうかしら?」


マルティナさんがハムハムとサンドイッチを夢中になって食べている。気に入ってくれたようね。その食べ方にほっこりしながらあたしも手に残ったサンドイッチを食べた。




ギルドの係員に今日は終わる事を告げてエルリックに向かう。


ちょっとだけ迷ったけれど、マルティナさんを含めて補助魔法をかけた。だって普通に歩いたら時間かかりすぎるのだもの。それにマルティナさんの前ではもう盛大にやらかしているし秘密を守ると約束もしてもらっているのだから今更よね。


そしてハンターギルドの前まで来ると、中から大声が聞こえてきた。


「だから、あんたの言う有望な新人たちは、死んじまったんだよ」

「ヨウ様とアサミ様に限ってそんな無謀な戦いをするとは思えません」

「何度も言わせんな。そんなのはあんたの思い込みだってんだ」

「それに、あなた方もメンバーが1人足りませんね」

「巻き添えを食ったんだよ。まったく可哀そうなマルティナ……」


そこまで聞いたところで、隣から何か怖い物が吹き出して、マルティナさんが飛び出した。


「何をふざけたことを言っている!!」

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