第78話 ご主人様

「マルティナさん、ケガはどんな具合ですか?」

「ええ、跳ね飛ばされた時に胸を、その時に受け身を失敗して背中と足を痛めました」

「他には大きなケガはありませんか?」


あたしは、左足を引きずりながら傍に来たマルティナさんを座らせてケガの状態を聞いている。

あら?右腕も何かおかしい気がするわね。


「右腕は?動きがおかしいように見えますけど」

「いえ、これは……」


言い難い事なのかしら。戦闘でケガしたのなら別に……。そうしてマルティナさんの状態をみている、あたしの目に気になるものが映った。


「瑶さん。ちょっと離れてむこうを向いていてください。あたしが良いと言うまでこちらを向かないように」

「え?」

「いいから、反対を向く」

「あ、ああ。わかった。後で説明してくれるんだろうね」

「可能であれば?」


瑶さんが少し離れたのを確認して、あたしはマルティナさんに小声で声を掛けた。


「マルティナさん。その体の痣はいったい?戦闘でついたとは思えないんですけど」

「……」

「ごめんね」


あたしは、マルティナさんの上着をはぎ取った。そして、あらゆる形の痣と傷跡が刻まれた痛ましい身体が、あたしの目の前にあらわになってしまった。


「ごめんなさい」


あたしは一言あやまり、そっと上着をかけなおした。


「瑶さん。もういいですよ」


あれは、おそらく間違いない。この世界でもあるのね。あの態度からすれば女神の雷のメンバーによるものね。そう考えると、あの右腕のあれも恐らく。となると時間が経ちすぎてこの状態で固定されて、あの状態が正常と認識してしまっている可能性があるわね。


「ケガの状態だけなら、ハイヒールで良いかとおもったのだけど」


エクストラヒールを使った場合、あたしはまた魔力切れで倒れるかもしれないわ。でも、これはほったらかしにできるものでは無いから……。

それでも、あたしが倒れれば無防備になるとまで言わなくても、間違いなく戦力は低下するもの、瑶さんにひとことだけは言っておかないとね。


「で、何があったのかな?」

「マルティナさんの治療なんですが。エクストラヒールを使います」

「そんなに、酷いのか?」

「ちょっと言えないくらいに……」


マルティナさんの状態は、瑶さんにであっても言いにくいのよね。


「わかった。朝未が回復するまでここで待機しつつ朝未を護衛ということだね」

「ええ、瑶さんの欠損の修復の時に近い魔力を使うと思いますから、お願いします」


あたしの言い難い様子に察してくれた瑶さんに話してからあたしはマルティナさんに視線を向けた。瑶さんの治療をした時とは別の緊張感があるわね。


「マルティナさん。こちらに来てください。そこで楽な姿勢をとって。そう、それでいいです」


自然な姿勢で座ったマルティナさんの前で魔法を使う。そしてケガの治った、傷の消えた、過去のケガの後遺症の消えたマルティナさんをイメージして魔力を練り上げる。固定された後遺症の治療の難しさは部位欠損の治療に匹敵すると魔法書にも書かれていた。油断は出来ないもの。


「エクストラヒール」


瑶さんに使ったときと同じく、マルティナさんを青白い清浄な光が包む。全身の痣が傷が癒えていく。変な形に固まってしまっていた右手が光と共に正しい形に整って、すべてのケガが、後遺症が治癒していくのが見える。

グイグイとあたしの身体から魔力が抜け、それと同時に身体から力が抜け膝をつく、魔力が増えた分だけ瑶さんのケガを治した時よりはマシな感じだけど、それでも眩暈がする、虚脱感、そして気持ちの悪さに耐え魔法を維持する。

全ての治癒が終わり魔法の光が消えた。

治癒の完了を見届け、身体に力の入らないあたしはガックリと倒れかけ、それを力強い腕が支えてくれた。顔を上げると、そこには優しい目であたしを見つめてくれる瑶さんの顔があった。


「瑶さ、ん。出来、ることは、しました。後はお願い、します」

「わかった。朝未のことは私が守る。ゆっくり眠りなさい」





次にあたしが目を覚ました時、周囲は茜色に染まり始めていた。そして、やっぱり瑶さんが抱っこしてくれていたの。

暖かくて安心するけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。


「瑶さん」


そっと声を掛けて、視線で降ろしてと頼むと、ちょっと苦笑しながらそっと降ろしてくれたわ。


「朝未。もう大丈夫か?」

「はい、魔力も大体回復してます。あたし自身はケガも無いです」

「なら時間も遅いし、一旦エルリックに帰るか。マルティナと言ったか。あんたもそれでいいな」

「その前に、わたしとの奴隷契約を」

「どうしても、しないとダメか?」

「おふたりの秘密を守るには必要です。わたしがフリーのままだといつ誰かと奴隷契約させられるかわかりません。そうすると、その主人が、わたしにおふたりの秘密を話すことを命じられたら奴隷紋の強制力で話さざるを得なくなります」

「それはさすがに、困る、な」


あれ?そのあたりあたしが後でなんとかできそうって言ったはずなんだけど。あれ?言ったわよね。ちょっと自信がなくなったので、そーっと右手を上げて瑶さんに合図をした。


「あ、あの。そのあたり多分あたしがなんとか出来そうなんですけど」

「何とか出来る?なら……」

「あ、今ここでって言うのはちょっと無理があります。多分時間と手間がかかりますから。なので一旦瑶さんがマルティナさんと奴隷契約して、エルリックに帰ってからじっくり時間かけてということでいいですか?」

「あ、あの」


今度はマルティナさんがそっと手を上げてきたわね。


「ん?」

「あ、あの、できればアサミさんにご主人様になってもらいたいです」

「え?あたし?」

「はい」


そういうとマルティナさんは、あたしをじっと見ている。


「えと、短期間とは言っても、あたしみたいな子供がマルティナさんを奴隷にしていると、あまり良い目で見られないような気もするんですけど」

「え?子供?いえ、むしろどこかのやんちゃなお姫様がハンターをされているのかと思ったのです。お姫様なら女の奴隷を連れていても不審ではないと思ったのですが、違うのですか?」


なんでお姫様?と、考えて思い出したわ。聖属性魔法って神殿とか王宮とかが絡んでくる面倒くさい魔法だったわね。そうすると、あたしみたいな女の子が高位の聖属性魔法を使えば王族関係と思われても不思議はないわね。


「あー、あたしはお姫様じゃありませんよ。ちょっと特別な理由があるので秘密にしてほしいんですが」

「そうなんですか。それでもお許しいただけるのならアサミさんにご主人様になってもらいたいです」


なんで、そんなにあたしが良いのかは分からないけど、奴隷紋関係は後でどうにかするつもりだから、それほど気にしなくてもいいかしらね。


「わかりました。それで、どうすれば良いんですか?」

「あたしの、奴隷紋にアサミさんの血を1滴垂らしていただければ契約できます」


その日、あたしはマルティナさんのご主人様になった。

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